切れ痔(裂肛)について
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(2019年7月5日加筆修正)
院長の佐々木巌です。
当院は日本ではじめて女医による女性のための診察時間を設置した肛門科専門の医療機関です。
女性のための診察時間は当院の副院長・女医の佐々木みのりが担当しています。
そんな関係で当院の患者さんは70~80%以上が女性ですが、女性患者さんに多いご相談のひとつに「排便の時におしりが切れる」というものがあります。
もちろん男性からも切れるというご相談はあるのですが、女性は男性よりも便秘の方が多いと言われています。
確かに女性には何日も排便がない方が結構いらっしゃいますので、ある意味「それじゃあ切れて当たり前だよー(苦笑)」的なところがあります(苦笑)。
今日は、男性・女性に限らず「切れ痔(裂肛)」についてのお話です。
この記事の目次
患者さんが「切れ痔」だと言ったものは?
切れ痔は医学用語ではありませんので厳密な定義はありませんが、一般的に「切れ痔=裂肛」と考えられていて、私もこの考えに賛成です。
しかし患者さんが「切れ痔」と呼ぶ状況は必ずしも医学で言う裂肛と一致しません。
患者さんはおしりについたキズをすべて、何でもかんでも切れ痔と思っていることが多いですね。
また、全然キズがないのに「オシリが痛い ⇒ キズがあるに違いない ⇒ 切れ痔だ!!」と考えて「切れ痔」を治したいと受診される方もおられます。
これまでの経験で患者さんが「切れ痔」と言って受診してきた場合に、最終診断名になった経験のある病気を思い出してみました。
以下の通りです。
- ・切れ痔(裂肛)
- ・過剰衛生症候群
- ・肛門ヘルペス
- ・血栓性外痔核
- ・血栓性外痔核が破裂して出血したモノ
- ・痔瘻
むしろ知識のある人にとって、血栓性外痔核や痔瘻でも切れ痔(裂肛)と思う患者さんがおられるというのは、ちょっと信じられないかも知れません。
強い痛みがあって怖さのため局所を触れられないまま受診に至ったケースでは先ほどの「痛い⇒キズがあるはず⇒切れ痔」の思い込みが起こりやすいようです。
これらのうち、今回は切れ痔(裂肛)について詳しくお話しします。
過剰衛生症候群、肛門ヘルペス、血栓性外痔核、痔瘻についてはそれぞれの記事を参照してください。
まだ書いていない病気についてはいずれ書きますので、お待ちください。
切れ痔(裂肛)とは何か
切れ痔(裂肛)とは「肛門の出口より内側、約1~2cmの範囲に生じたキズ」のことです。
つまり、肛門の外に傷が出来ても切れ痔(裂肛)とは言わないわけです。
例えば「おしりがかゆいなー」とボリボリ掻いてできてしまったキズは切れ痔(裂肛)ではないわけですが、じゃあこれはどう呼ぶんでしょう?
実は明確な決まりはありません。
当院ではこんなキズのことを「肛門裂創」と表現することが多いですが、本当なら「肛囲裂創」と表現した方がより正確かも知れませんね。
切れ痔(裂肛)の原因
そんなわけで切れ痔(裂肛)は肛門のちょっとだけ中にできるキズです。
原因はいくつか考えられています。
- ・硬便によるもの
- ・下痢便によるもの
- ・クローン病などの炎症性腸疾患に伴うもの
硬い便でキズができるのは理解できると思うのですが、下痢便でも切れると言うとほとんどの方は驚きます。
下痢便をすると肛門の皮膚は「肌荒れ」の状態になりますからキズつきやすい状態になるのです。
ある意味、食べ物同様に皮膚も消化されているのだと思います。
ですから便秘と下痢を繰り返す、なんていう排便習慣はちょっとサイアクですね・・
あと、炎症性腸疾患という難しそうな言葉が出てきましたのでこれを解説しておきます。
炎症性腸疾患とは腸管のどこかに炎症が起きる疾患群で、炎症が起きた場所が肛門だったら肛門にキズを作ります。
あれ?と思うかも知れません。
普通は キズ ⇒ 炎症 の順じゃないの?
はい、通常はその通りなのですが、逆のパターン「炎症 ⇒ キズ」という順序のこともあるのです。
有名なのは炎症性腸疾患のひとつであるクローン病による切れ痔(裂肛)です。
独特の特長があり、肛門科受診ではじめてクローン病を疑われそのまま診断に至るケースもあります。
クローン病による切れ痔(裂肛)の場合、非典型的な経過を取ることもあり、また治療に関してもクローン病の治療が優先され、クローン病の病勢が落ち着くと切れ痔(裂肛)も軽快するとされています。
以下のお話は主に硬い便による切れ痔(裂肛)のお話になります。
切れ痔(裂肛)の経過
切れ痔(裂肛)は、はじめは「切れては治り、治っては切れ」を繰り返します。
こういう状態は急性裂肛と呼ばれます。
急性裂肛は一般に「痔疾薬と下剤で治療」とされていて、多くの場合、一度はキズも治ります。
確かに治るのですが、この方法では「切れる⇒薬⇒治る⇒薬中止⇒また切れる」と同じところをグルグル回ることが大変多いのです。
これに対し、大阪肛門科診療所では通常、急性裂肛の基礎にある排便のトラブル(多くの場合「出残り便秘」)を改善する治療を行っています。
ポイントは痔疾薬も下剤も使わないのに、出残り便秘の治療だけでオシリは快適に過ごせる患者さんが非常に多い、ということです。
ここで少し私見を述べます。
私は、急性裂肛は「切れ痔(裂肛)」と呼ばないことにしています。
理由は、医者の「痔です」という言葉は患者さんにとって、特に女性患者さんにとっては私たちが想像する以上に屈辱的なことだから。
そして、ほとんどの方は出残り便秘を持っていて、ご自身の排便管理が不十分なだけなのです。
いつも
「おしりがケガしとんねん。あなたが悪い(笑)。オシリが悪いのと違う。あなたの便の管理が悪いだけ。だから、勝手に地主(痔主)さんになったらアカン」
と申しあげています(笑)
さて、お話を戻しまして。
急性裂肛を繰り返すケース、特に頻繁に繰り返していると、次第にキズは慢性化し慢性裂肛と呼ばれる状態になります。
切れ痔(裂肛)に限らず、キズは慢性化すると周辺に腫れを作ります。
炎症のせいで裂肛の周囲の皮膚が盛り上がり、逆に切れ痔(裂肛)自体は明らかなくぼみとして認識できるような場合に慢性裂肛と診断します。
慢性の切れ痔(裂肛)になると炎症のせいで色々な変化がおこります。
周辺の皮膚に炎症が広がり、皮膚に突起を作ります。
突起は肛門の外にできると「見張りイボ」、肛門の中にできると「肛門ポリープ」と呼ばれます。
基本的に見張りイボと肛門ポリープは同じモノですが、できる場所の違いで名前が違います。
「見張りイボ」とは、ちょうど裂肛の位置を知らせるように見張りをするように見えるから、見張りイボの名がついたということです。
ですから、見張りイボがあると、肛門科医はそのちょっと奥には切れ痔(裂肛)のキズがあるはず、と考えて診察をするわけです。
この見張りイボと同じ腫れが肛門の内側にできると肛門ポリープと呼ばれます。
ポリープと呼ばれますが腫瘍のポリープではありません。炎症のポリープです。
ポリープというとガンとかそっちの怖い病気をイメージしてしまいそうですね。
実は「ポリープ」を直訳すると「隆起性病変」となりまして、隆起している病変なら何でもポリープと呼んで構わないことになっています。
だから、専門外の先生が肛門に何か出っ張りがあるけれど、痔なのか腫瘍なのかどういうモノなのかよく分からないときに「肛門ポリープ」と表現するのは間違いじゃないわけですね。
ちなみにこの肛門ポリープが肛門から脱出してくる状態は一種の脱肛と言えます。
真の病名は「切れ痔(裂肛)」であり、「肛門ポリープ」なのですが、「脱肛」も病名として立派に通用します。
また前述の通り「肛門ポリープ」という表現はガンを想像させ、本当にガンの系統のポリープなのか、裂肛に伴う炎症ポリープなのかが分かりにくいなど、誤解を生じやすい病名です。
私自身は病名をつけるときには「脱肛」と表現することが多いです。
「肛門ポリープ」のことを「脱肛」と呼ぶせいで、特に不都合を感じたことがありませんから、そのようにしています。
さて、炎症は周囲の皮膚だけでなく(水平方法)、キズの深い層にも広がります(垂直方法)。
炎症が垂直方向に広がって肛門括約筋におよぶと、筋肉が硬直して伸びなくなり肛門狭窄(肛門が狭い状態)になったりします。
そうなると切れ痔(裂肛)の悪循環がはじまります。
切れ痔(裂肛)の悪循環とは
「切れる ⇒ 炎症が括約筋におよぶ ⇒ 筋肉が硬直して肛門が狭くなる ⇒ より切れやすくなる ⇒ さらに狭くなる ⇒ さらに狭くなり切れやすくなる」
というものです。
悪循環を繰り返して段々と前よりも悪くなるわけです。
切れ痔(裂肛)の治療
一般に急性の切れ痔(裂肛)は薬で治療、慢性の切れ痔(裂肛)は手術治療とされています。
私も昔はそういう方針でやっていましたが、最近は大分変わってきましたね。
そういうことをお話しします。
急性の切れ痔(裂肛)の治療
急性の切れ痔(裂肛)は一般に痔疾薬で治療するのが標準的ですが、当院の場合は出残り便秘の治療で対応しています。
それは痔疾薬で一時的に治すだけだと、薬を中止するとまた切れ痔(裂肛)を繰り返すことが多いからです。
基本的に出残り便秘の治療は継続が必要ですが、痔疾薬での治療に比べて快適に過ごせる方が多いと感じています。
慢性の切れ痔(裂肛)の治療
先ほど紹介した見張りイボと肛門ポリープは慢性の切れ痔(裂肛)であることのあかしで、これができてしまった裂肛は今後も繰り返し起きることが予想され、切れ痔(裂肛)の悪循環の入口とされています。
一般には切れ痔(裂肛)の悪循環に入ってしまうと手術しないと改善は難しいとされていますから、悪循環の入口である慢性の切れ痔(裂肛)は手術適応(手術を必要とする病状)と言われています。
これは悪循環が進んで肛門狭窄が進行してから手術するよりも、悪循環に入る前に手術する方が手術後の肛門の広がりは良好なはずだ、という考えにもとづいています。
私も以前、この考え方に従って手術をお勧めしていました。
しかし、中には手術を希望しない患者さんがおられまして、そういう方々を放って置くわけにもいきません。
薬などで保存的に治療しながら経過を観察させて頂くことになります。
そうして観察しているうちに、実は完全に治る人というのは私が予想したよりもたくさんおられることに気づいたのです。
その結果「明らかな狭窄がないのに慢性の切れ痔(裂肛)として早々に手術するのは過剰医療になり得る」と考えるようになりました。
さらにその後、出残り便秘の考え方に出会った結果、現在では以下のような治療方針で診療しています。
- ・慢性の切れ痔(裂肛)に対してもまず保存的な(手術ではない)治療を試みることにしています。
- ・それでも効果がなく、さらに悪化してゆくケースには手術を『お勧めする』ことになります。 実は、お勧めしなくても患者さんがいずれご希望になります。 切れ痔(裂肛)が辛いからですね(汗)。
- ・良くならないけれど、かわりに悪化もしないというケースはご本人の判断に任せます。
- ・そして、良くなればできる限り手術を避けるように便の管理を続けます。
こんな基本方針になっています。
治療の内容は、ほとんどが出残り便秘の管理です。
排便の管理ができれば完治可能
切れ痔(裂肛)は基本的に排便の管理がうまくいっていない病気です。
多くの患者さんの希望は「切れないようにしたい」というもの。
確かに肛門科に行けば飲み薬の下剤を処方してくれますが、これでは予防は不十分なことが多く、結局切れてからの治療を繰り返して慢性化しているケースが多いのです。
これに対し大阪肛門科診療所では、繰り返す切れ痔(裂肛)に対して出残り便秘の考え方で排便の治療を行い効果を上げています。
早期に受診し、適切に排便を管理すればほとんどのケースで完治と今後の切れ痔(裂肛)予防が可能と考えています。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。