温水便座症候群 〜おしりは洗えば洗うほど皮膚が荒れる〜
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(2019年7月5日加筆修正)
生まれ育った地域が上下水道のない超ド田舎で、実家はボットン便所だった佐々木みのりです。
今では当たり前のように公衆トイレにまで設置されている温水便座。
おしりをキレイに洗って清潔に☆
ということで愛用している人も多いことでしょう。
肛門科でも「肛門をよく洗って清潔に保ちなさい」という指導が一般的でしたし、今でもそのように指導している先生もおられると思います。
しかし20年前くらいに「温水便座症候群」という疾患概念が提唱されてから、肛門科でも「洗い過ぎは良くない」という考え方が広がってきています。
年配の先生はまだ古い指導をされていることもあるようですが、最近は「洗わない指導」が一般的になってきています。
私も洗うことに反対派です。
なぜなら「洗い過ぎによる皮膚障害」を皮膚科医時代を含め、肛門科医に転身してからも、たくさん診てきたからです。
「温水便座症候群」というと、あたかも温水便座が悪者のような印象を与えかねないのですが、悪いのは温水便座だけでなく、お風呂のシャワーや、また「おしりふき」や「ウエットティッシュ」などのお尻ケア用品、肛門を消毒するなど、洗い過ぎ、拭きすぎ、こすりすぎ、などの習慣を含めて「過剰衛生」が皮膚障害を引き起こします。
私は、温水便座に限らず、これらの過剰衛生習慣によって引き起こされた様々な病態を「過剰衛生症候群」と名付け、学会でも発表しました。
日本人は世界でも稀に見る「きれい好きな民族」。
自分では普通だと思ってやっていることが、実は普通じゃないかもしれない。
しかも今まで温水便座を使ってなかったのに、痔になってから痔に良いと思って、わざわざ高額な費用を払って購入し設置工事をされた患者さんも多いです。
それでさらに痔を悪化させていたとしたら・・・すごく悲しいですよね。
悲惨なおしりになっていた患者さんがやっておられた過剰衛生とはどんなことか、それを解説したいと思います。
患者さんの驚くべき過剰衛生習慣!
1,温水便座
普通に2〜3秒当てるだけなら皮膚障害も起こりにくいと思うのですが、皆さん、本当にスゴイ使い方されてます。。。
だから悲惨なおしりになっちゃうんですよね。。。
以下は私の患者さんの使用例です。
・15〜20分くらい、自動的に温水便座の電源が止まるまで洗い続ける。
・温水で刺激しながら便を出す(私はこれを「ウォシュレット浣腸」と呼んでます。)
・排便の時だけでなく、トイレに入る度に1日に10回くらい温水便座で肛門を洗う。
・水圧を強にして肛門の中まで洗浄する
皆さんは決して真似しないで下さいね。
2.おしりケア用品(衛生用品)
・赤ちゃん用のおしりふきやウエットティッシュを持ち歩いて、トイレに行くたびにおしりを拭く
・肛門専用のスプレー剤をトイレットペーパーに付けて肛門を拭く
・アルコール綿で肛門を拭く
これらの衛生用品、意外と「かぶれ」が多いのです。
お猿のおしりのように真っ赤っかになってる人もおられました💦
おしりふきには防腐剤として塩化ベンザルコニウムなどが入っています。
決して「肌にやさしい」とは限りません。
アルコール綿はやめましょう。
眼の周りをアルコール綿で拭きますか?
そんなこと、普通しないですよね?
肛門周囲の皮膚は眼の周りの皮膚と同じくらい薄くてデリケートです。
あれこれ使うのはやめましょう。
3.消毒
何回拭いても便が付くから、肛門がかゆいから、肛門をキレイにしなきゃ!
おしりが痒いのは不潔にしてるからだ!
と思い込んで、肛門を消毒している人が時々来られます。
一番多かったのがマキロン。
なぜ、使っているのか患者さんに尋ねると、効能書きに「痔」って書いてあるそうなんです。
ホントだ!!
書いてある!!
でもね、マキロンで消毒していた患者さんのおしりは悲惨なことになってました。
ただれて真っ赤・・・
かゆみを通り越してヒリヒリ痛いという状態で、便を出すのも苦労されていました。
その他の消毒薬としてはオキシドール。
これもかぶれて悲惨なことになってましたね。。。
そして一番ひどかったのがクレゾールです。
30年以上、肛門や外陰部をクレゾールで洗ってキレイにしてきたという80代の女性がおられたのですが、皮膚はやけどのように剥がれ落ち、ずるむけ状態になっていました。
ヒリヒリ焼け付くような痛みが耐えられないと受診されたのですが、一部が癌化しており皮膚癌になっていました。。。
長年の消毒により皮膚障害が起こり、炎症を繰り返した組織からは癌が発生しやすくなります。
行き過ぎた衛生習慣は皮膚にダメージを与えます。
そもそも肛門は便の通り道。
バイ菌だらけの場所です。
消毒したって無菌状態にはなりません。
また皮膚には皮膚バリアーとなっている常在菌もいます。
消毒によって悪い菌だけでなく良い菌まで殺してしまっては皮膚免疫も落ちてしまいます。
痔の手術後ですら消毒なんてしないのに、手術を受けてもない肛門を消毒するなんて必要ないですよ。
肛門の消毒は必要ないどころか害になるので止めてくださいね。
4.お風呂で洗う
・石鹸やボディソープのついたスポンジやタワシ、ナイロンタオルで肛門をゴシゴシ洗う
・ボディブラシで肛門周囲をゴシゴシ洗う
・肛門にシャワーを直撃して洗う
・指で肛門周囲や中をこすって洗う
・便が出たら必ず浴室に行って肛門を洗う
すべて患者さんが実際にやっていた習慣です。
皆さん、自分の洗い方が普通だと思っておられました。
温水便座と同様、肛門周囲の皮膚はボロボロでした。。。
色々と聞き出してみないと分からないものですね。
とんでもない習慣が隠れていることが多いので、皮膚障害を起こしている患者さんには詳細に尋ねるようにしています。
過剰衛生症候群の症状と皮膚所見
1.症状
・かゆみ
・ヒリヒリ
・ベタベタ
・臭い
・ブツブツ
最初はかゆみで発症するケースが多いです。
掻いているうちにヒリヒリ痛くなってきます。
洗い過ぎで乾燥した皮膚は湿疹化し、浸出液でベタベタするようになります。
このベタベタが臭う・・・と臭いを気にする女性患者さんも結構おられます。
2,皮膚所見
・発赤
主に「かぶれ」の症状です。
・色素脱失
肛門周囲の皮膚の湿疹はなぜか白くなることが多いです。
初期は赤くなるのですが、慢性化すると白くなってきます。
・皮膚の浮腫
肛門周囲の皮膚がふやけたようになり、肛門のシワがごわごわと盛り上がってきます。
皮膚の盛り上がりなのに、いぼ痔だと思い込んでいる患者さんも多いです。
・苔癬化
ゴワゴワとした硬い皮膚になり、湿疹が慢性化した状態です。
こうなると治療に時間がかかります。
・皮膚萎縮
伸縮性のない皮膚になり、つっぱりを感じるようになります。
・ホクロとシミの多発
肛門周囲がホクロだらけ、シミで真っ黒・・・という人が最近本当に多いです💦
顔と違って鏡で見ないので気付いていない人も多いですが、わざわざ鏡で見て、これを気にして受診される女性もおられます。
・稗粒腫
白〜黄色の角栓が詰まったようなブツブツが多発します。
・尖圭コンジローマ
性病なのですが、外出先で温水便座を使っている患者さんに見られます。
感染源になっていることは否定できないと考えています。
詳しい解説はコチラ↓
・外傷性裂肛(ウォシュレット切れ痔)
温水便座の水圧により傷が出来ます。
普通の切れ痔(裂肛)と違って肛門の中ではなく肛門の縁(ふち)に多発します。
・上皮性の肛門狭窄
炎症を繰り返した皮膚は、つっぱって伸縮性がなくなり、開きにくい肛門を作ります。
肛門が狭くなると便が細くなり、さらにひどくなると便が出しにくくなります。
たかが洗い過ぎで肛門が狭くなってしまい便が出せなくなることもあるのです。
そうなってしまうと手術でしか肛門を広げることが出来なくなりますので、どうかそうなる前に洗うのをやめてくださいね。
まずは洗うのをやめてみる
過剰衛生によって悲惨な肛門になっていても、その習慣をやめるだけで薬を塗らなくてもかなり改善します。
よく市販の痔疾薬を買って、それを肛門周囲の皮膚に塗っている患者さんがいるのですが、皮膚障害でボロボロになった皮膚に痔疾薬を塗ると、かゆみやヒリヒリがひどくなることが多いです。
皮膚が荒れている状態で薬を塗ると「かぶれ」やすいのです。
しかも痔じゃないのに痔の薬を塗っても効きません。
そんなことをするよりも、誰でも、いつからでも、まず最初に出来る簡単なことがあります。
それは、洗うのをやめることです。
お金も手間もかかりません。
オシリに不調を感じている方は是非やってみてください。
元皮膚科医という異色の経歴を持つ肛門科専門医。現在でも肛門科専門医の資格を持つ女性医師は20名余り。その中で指導医の資格まで持ち、第一線で手術まで担当する女医は10名足らず。元皮膚科医という異色の経歴を持つため、肛門周囲の皮膚疾患の治療も得意とし、肛門外科の医師を対象に肛門周囲の皮膚病変についての学会での講演も多数あり。
「痔=手術」という肛門医療業界において、痔の原因となった「肛門の便秘」を直すことによって「切らない痔治療」を実現。自由診療にもかかわらず日本全国や海外からも患者が訪れている。大阪肛門科診療所(旧大阪肛門病院)は明治45年創立の日本で2番目に古い肛門科専門施設でもあり日本大腸肛門病学会認定施設。初代院長の佐々木惟朝は同学会の設立者の一人である。
2017年10月には日本臨床内科医学会において教育講演を行うなど新しい便秘の概念を提唱。