浣腸による事故を肛門科的に考察しました
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(2019年5月13日加筆修正)
院長の佐々木巌です。
2019年2月20日、高知市内の医療機関で浣腸で直腸に穴が開くという事故が起きた、との報道がありました。
医療従事者はこれを「浣腸による直腸穿孔事故」と表現しますが、こういった事故は以前から報告があります。
穿孔とは穴が開いてしまう、という意味です。
多くの報道で目に付くのは「立った姿勢で浣腸を使用したせいで直腸に穴が開いた」という解説です。
私はこの解説では不十分だと考えています。
結論から言うと、浣腸のカテーテルを何cm挿入したのか?という非常に重要なポイントが全く報道されておらず、私には残念な報道に思えました。
当院は便通の治療に力を入れている関係で、浣腸による穿孔はなぜ起きるのか、どうすれば避けられるのかを以前から考察してきました。
今回報道されたのをきっかけに、肛門科的に浣腸による直腸穿孔事故を考察し、安全に行うための条件をあらためて考察したいと思います。
今回の記事はチョイと難しめで、半分医療従事者向け、半分一般の方向けです。
ゴメンナサイ。
もし難しかったら大きな文字だけ追っかけて読んでみて下さい。
この記事の目次
浣腸で穿孔が起きるしくみ
浣腸は肛門内にカテーテル(=管・くだ)を挿入して、液体を注入して行います。
現在は多くの場合、使い捨てパッケージの製品が使われています。
昔は浣腸器が使用されていました。
浣腸の薬液ですが、50%のグリセリン、つまりグリセリンと水を半々で混ぜたもの、が一般的です。
グリセリンは化粧品などに使用されている物質で、摂取しても特段有害性はないとされています。
カテーテルが直腸の壁を突き破る条件は多数ありそうですが、整理すると恐らく3つの条件に集約されると私は考えています。
- カテーテルの挿入が強すぎる
- カテーテルの挿入が深すぎる
- 直腸がパンパンになってから浣腸をする
この3条件が揃ったときに直腸の穿孔が起きやすい、と考えています。
それぞれについてもう少し見て行きますね。
1.カテーテルの挿入が強すぎる
当たり前ですが強くカテーテルを突き刺せば穴があきます。
無理な挿入はしないことが非常に大切です。
2.カテーテルの挿入が深すぎる
直腸壁には強い場所と弱い場所があります。
肛門から5〜6cm以上奥の直腸の前壁、ここより奥の直腸は壁が薄く破れやすいのです。
ここを突くと直腸に穴が開きやすいのです。
ですから、浣腸のカテーテルは深く挿入してはいけません。
当院では5cm以下にするように指導しています。
3.直腸がパンパンになってから浣腸をする
お断りしますが、この条件は私個人の意見です。
直腸壁の強さは状態によって変化すると考えています。
風船を割る時を考えてみて下さい。
膨らんだ風船と、しぼんだ風船。穴があきやすいのは?
・・膨らんだ風船ですよね。
私は、直腸も同様ではないかと考えています。
浣腸する患者さんは便秘なので、直腸内が便でパンパンになっていることが多いはず。
それもギリギリの切羽詰まった状態まで我慢していることが多い。
でもこれは、大変危険。
浣腸の使用時期は、ギリギリになるより、もっと早めの方が安全というわけです。
浣腸の一般的な使用法について
さて、浣腸の説明書には
- 横向きに寝た状態で浣腸すること(立位の状態での浣腸は危険)
- ストッパーの距離は成人で6〜7cmとすること
と明記されています。
立位で行うのが危険な理由ですが、立位では腹部臓器の重量のせいで前述の直腸の弱い部分が下降して肛門に近づくので、寝て浣腸をするよりも直腸に穴があく危険が増加するわけです。
また、浣腸のカテーテル部分には可動式のストッパーと距離の目盛りが付いていて、それ以上奥に挿入できないようになっています。
このストッパーの位置は6〜7cmに指定されています。
その理由は「浣腸のカテーテルは深く挿入した方が効果が高い」と信じている人達がいるせいだと思います。
これは決して一般の方に限った話でなく、医療従事者にもそう信じている方が一定数いると思います。
おそらく、そういう考えの根拠となっているのは「浣腸液は奥まで注入した方が排便効果が高い、だからカテーテルの挿入を深くした方が良い」という考えだと思います。
しかし、直腸がパンパンになるほどの便秘の状態であれば、直腸には隙間がほとんどありません。
ですから、肛門内に注入しさえすれば浣腸液は少量でも相当奥まで入り込むはずです(または、肛門から溢れ出します)。
以上より、浣腸のカテーテルを深く挿入するのは危険で誤った考えです。
なお、先述の通り当院の場合は「挿入は成人で5cm以下」と指導しています。
これは私のオリジナルではありません。
恥ずかしながら完全な受け売りで、師匠の教えです。
でもメーカー指定の6〜7cmよりも安全な基準なのは、「さすが師匠!」と感心しています(笑)。
各新聞は事故の原因についてどう報じたか?
さて、ここで有名新聞がどんな風に事故を報じたかピックアップしてみました。
- 朝日新聞 ・・ 立った姿勢で浣腸のチューブを挿入した。
- 読売新聞 ・・ トイレで立った状態でかん腸をした
- 産経新聞 ・・ 男性が立った状態で、看護師が長さ約20センチのチューブを肛門から入れかん腸をした
- 毎日新聞 ・・ 記事自体が見当たらず
というわけで、3つの新聞の報道がネット上で確認できました。
朝日と読売が報じたのは「立位で浣腸をしたこと」が事故の原因である、ということ。
私が注目したのは産経新聞の記事で「20cmのチューブを」とカテーテルの長さに言及していることです。
残念ながら報道には「20cmのチューブのうち何cmが挿入されたか」には言及がありません。
この事故に関して最も知りたい肝心のことが書いていない!
繰り返し強調したいと思いますが、私は
カテーテルが何cm肛門から挿入されたかが重要
だと考えます。
文章が下手くそなので、随分と長ったらしい解説になってしまいました。
要するに言いたいことは、
穿孔事故の原因としてカテーテルは何cm挿入されていたのかが重要だということです。
結論 : 浣腸を安全に行うには?
結局のところ、安全に浣腸をするにはどうすれば良いか?なのですが、私の考えを書いておきます。
病院で行う場合は、添付文書に加えて、
- 病院で浣腸するなら、浣腸を行う看護師・医師自身が事前に直腸指診を行う
- 直腸指診の結果、便が大きすぎて肛門を通らない場合は、看護師・医師がある程度摘便を行ってから浣腸する
- カテーテルの挿入はゼリーを付けて優しく行う。カテーテルの挿入は5cm以下とする。
患者さんが自宅で行う場合には、やはり添付文書に加えて
- カテーテルの挿入を5cm以下にする
- 浣腸を使うなら本当にパンパン・ギリギリになる前にする
ことが安全のために重要です。
患者さんは本当のギリギリまで我慢してからやっと浣腸してみるというのが普通かも知れませんが、そこまで我慢してしまうと却って危険が増えます。
ギリギリまで我慢してしまってから、この記事を読んだ方というは、早目の病院受診をオススメします。
詰まってしまった便を取り去る処置(摘便)だって立派な医療行為です。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。