痔ろう(痔瘻)について
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(2019年8月8日加筆修正)
自分でも数年前に痔ろうの手術を受けたことがある、院長の佐々木巌です。
私は数年前に自分も痔瘻になり手術を受けました。
その時のことを先日記事にしましたが、肝心の痔瘻という病気のことをきちんとお話ししていないことに気付きましたので、今回は痔瘻の解説をしてみようと思います。
痔瘻という病気は、痔の中でも特にイメージの悪い病気です。
物々しくて厄介な病気、あるいは「痔瘻=最悪の痔」という雰囲気が定着していますが、教科書的な知識と、私たちの考え、両方解説してみますね。
なお、これまでに私の経験した痔瘻と手術の記事を書いています。
この記事の目次
痔瘻の原因・・・排便の不調(下痢と便秘)
ウィキペディアによると痔瘻は
下痢などの時に肛門小窩に便が入り、それによって細菌が肛門周囲に侵入して炎症を起こし、肛門周囲膿瘍となった後に、肛門周囲に排膿することで瘻管が生じ、痔瘻となる。
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「痔瘻」最終更新 2017年1月29日 (日) 11:22 より抜粋
とあります。
図で示すと、以下のようになります。
(当院の説明プリントより)
痔瘻は、いぼ痔(痔核)や切れ痔(裂肛)などと同様に、排便の不調で発症します。
一般に痔瘻の原因は下痢である、とされています。
確かにそういう痔瘻もあるのですが、下痢だけをクローズアップするのは片手落ちです。
当院では下痢だけではなく便秘も重要な原因と考えています。
特に直腸に便が出残っている状態は痔瘻の重要な原因のひとつであり、下痢と並ぶくらいか、もしかすると下痢よりも主要な原因ではないかと考えています。
その根拠は、女性の痔瘻です。
女性で下痢をする方はごく少数です。
それは痔瘻の患者さんでも同じことで、大半の女性の痔瘻患者さんは、便秘傾向かハッキリとした便秘なのです。
これまでずっと、痔瘻は男性の病気と考えられていました。
統計的にも男性が多いことになっていますから、痔瘻は女性にはまれな病気と考えておられる先生もおられるようです。
男性の痔瘻では、確かに下痢が原因と考えられるケースも多いので、その為に「痔瘻の原因は下痢」が定説になったのでしょうね。
おそらく「肛門科は女性の患者さんが受診しにくい環境だった」ことと、深く関わっているのだと思います。
女性の痔瘻は珍しくありません。
女性の痔瘻患者さんの中には「痔瘻は女性には少ない病気」という情報を見て不安を感じ、わざわざそのことを尋ねられる方もおられますが、そんなことはありません。
当院ではごく当たり前にお見かけします。
あなただけではありません、ご心配なく。
最後に、痔瘻は排便の不調によって発症する、ということをあらためて強調しておきます。
痔瘻の症状は多彩
痔瘻の症状は、化膿によって起こります。
通常は痛み、発熱、膿によるべたつきやかゆみなどが主なものです。
痛みは化膿による圧迫と炎症そのものによるもの、発熱は炎症によるもの、べたつき・かゆみは膿が皮膚に触れた刺激です。
不快感の強さは人それぞれです。
無症状に思えるくらいに軽い症状のケースもあります。
初発時の典型的な症状は、はじめ違和感程度だったのが数日のうちに激痛になり、37度後半から39度前後の発熱を伴うというもの。
激痛の場合は病院に駆け込む方が多いです。
しかし前述の通り、無痛の人もおられます。
化膿が酷い(=炎症が強い)時は、膿の圧が強く膿が広がろうとしているので病院を受診した際には切開して膿を出して圧力を下げるのが原則です。
これを切開排膿と言います。
しかし、切開排膿しなくても、病院に行く前に自然に破裂して膿が出てしまうといった運の良い方もおられます。
膿が出た後の傷は自然に塞がってしまうケースといつまでもじわじわと膿を出すケースがあり、多くはそのまま慢性期に移行します。
慢性期は、膿が出た傷から常時膿が出るケースと一旦完全に塞がるものの周期的に化膿を繰り返すケースがあり症状はそれぞれ異なります。
昔は痔瘻の典型とされた、常時膿が出るケースは、現在ではむしろ少数派と言えます。
典型的症状は、べたつきの不快感や、膿によるかゆみです。
現在の多数派である周期的に化膿するケースでは無症状の期間の後、化膿による痛みが起こり、多くは自然に破裂して膿が出る・・という症状を繰り返します。
膿が出ることなくそのまま痛みが引くケースや、医療機関で切開を受けないと治まらないケースもあります。
この症状の周期は数日周期の人から十年以上の周期の人までいて個人差が大きく、予測ができません。
痔瘻の症状は一度出ても、ずっと継続するとは限らないのです。
一見治ったように見えて、それでも「ある」のが痔瘻という病気なのです。
そんなわけで、痔瘻の症状は大変多彩です。
初診患者さんのお話を聞いた時点では「いぼ痔(痔核)かな」と思っていたら、実際に診察してみると本当は痔瘻だった、なんていうケースもあります。
そう、でっぱりを作る痔瘻まであるのですよ(苦笑)
ありきたりなのですが、オシリの不調はオシリの専門家に診てもらうことがやっぱり大切です。
治癒する痔瘻があるのか?・・当院の考え
一般に「痔瘻は自然に治ることはない」とされています。
確かに医者から見ると、痔瘻は手術しないと治らない病気です。
しかし、患者さんによっては痔瘻があっても無症状なケースもあります。
そういったケースでは、まるで治ったかのように生活しておられます。
一度出来上がった瘻管(痔瘻のくだ)はなくならない、と言う説に私も賛成です。
ただ、その瘻管を医者が必ず「ある」と診断できるとは限りません。
炎症がなくなってしまうと痔瘻は小さく細くなり、その存在を確認しにくくなるからです。
本当はまだ痔瘻はあるのに、それが分からないくらいに小さくなってしまうこともあります。
当然そういった場合には、患者さんは完全に無症状か、あってもごく軽い症状だけです。
本当は痔瘻はあるんだけど、分からないくらい小さいだけなんだけど、症状が軽いだけなんだけど・・と言う状態。
これを医者が「ない」と診断する。
「痔瘻が治った」というケースのほとんどは、こういうことなんじゃないかと思っています。
痔瘻になったときの治療方針は、基本的に二択です。
- 手術をして治すのか
- 手術しないで付き合うのか。
痔瘻が自然に治るのを待つ、という選択はあまり現実味がありません。
手術しないのなら付き合う方法を考える方がより現実的、と言うことです。
大切なのは、「痔瘻は手術しないと完治はしないのだけれど、無症状に過ごせるケースもある」ということです。
これを理解して、ご自身にとっての一番望ましい判断をしてほしいと思います。
痔瘻癌(がん)について
痔瘻について語るとき避けては通れない痔瘻癌(がん)についてのお話です。
ふたたびウィキペディアから引用しますと、
重症なものであると、痔瘻から癌(痔瘻癌)が発生することもあり、なるべく早期の診察・治療が望まれる。
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「痔瘻」最終更新 2017年1月29日 (日) 11:22 より抜粋
ということです。
痔瘻を長期間放置すると、少数のケースで痔瘻癌が発生することが知られています。
痔瘻のうちどのくらいが痔瘻癌になるのか、正確な確率は誰も知りません。
だって、世の中に痔瘻がどれくらいあるか誰も知りませんからね。
厄介なのは、痔瘻癌は早期発見ができない癌だということです。
早期には普通の痔瘻と見分けがつきません。
肛門科に通っていても早期に見つけてもらえないのです。
じゃあ、どうやって見つかるのかというと、「普通の痔瘻として手術するのだけれど、何回も再発を繰り返すので、これは『普通の痔瘻じゃない』ということになり、はじめて痔瘻癌を疑われる」というものです。
痔瘻癌を疑われても、再手術の時点での確定診断は再発痔瘻ですからやっぱり痔瘻の手術をするのですが、手術の際に生検と言う検査をして、細胞を取ってきて顕微鏡で確認して癌が見つかれば痔瘻癌の診断が確定します。
この生検ですら、一発で痔瘻癌が見つけられたらラッキーというくらいで、痔瘻癌を疑っているのに確定診断がつかず生検目的の手術を繰り返さざるを得ないケースもあるという、診断が難しい病気です。
そんな病気を外来で見つけられるとしたら、よっぽど進行してしまった後です。
私も過去に、極めて進行してしまった痔瘻癌のケースを診た経験があります。
そんなわけで、医者としては癌化することを心配します。
ですから「痔瘻は手術した方が良い」という治療方針が一般に受け入れられている訳です。
私も基本的にこの方針には賛成です。
もうイヤ!が手術するかどうかの決め手
じゃあ、結局痔瘻になったらどうしたらいいのか?
どういう風に治療方針をきめたら良いのか?
ということですね。
当院が痔瘻手術をお勧めする方はこんな方です。
- 痔瘻による辛い症状が続く方
- 辛い症状を周期的に繰り返す方
- 「痔瘻癌が怖い」と感じる方
逆に、以下のような方の場合、当院は様子を見ることを基本方針としています。
- 痔瘻があるのに無症状の方
- 痔瘻に炎症がない方
- 迷っている方
ひとことで言うと「もうイヤ!」と感じている方には手術は有意義だと思っています。
治したいというご自身の意志を大切にしています。
患者さん自身が痔瘻を完治することを希望したら、そして、その症状を手術によって治す事ができると判断されれば手術治療を考えます。
後で述べる手術の内容と、手術によって得られるもの、得られないもの、失うものに納得ができれば実際に手術を計画してゆくことになります。
痔瘻は癌化の可能性があるとは言え、良性疾患です。
良性疾患とは、癌などの直接命を危険にさらす病気ではない、という意味です。
病気の事を正確に理解できれば、患者さんが治療方針を自分で選んでかまわないと思っています。
もちろん痔瘻が癌化すれば、悪性疾患です。
迷っている方にはその点をお話しするようにしています。
「ちゃんと『考えて、選んで』くださいね。手術せずに付き合うなら、癌化するかもしれないというリスクは自分で引き受けること。誰のせいにしてもいけません。」
厳しいですが、このように申しあげています。
当院で行っている手術
それぞれの術式の特長を示すなら以下のようになります。
(全)切開開放術
痔瘻の「天井」にあたる部分を切除して、「露天掘り」の状態にする手術です。
長所
一度の手術で治せる確率が一番高い術式です。
短所
特に深い痔瘻の場合は肛門が変形したり、術後の締まりを心配する意見があります。
括約筋保護術
痔瘻自体をくりぬき、切除する手術です。
長所
締まりが保たれることが最優先ならこの術式を選択します。
短所
30~50%再発するという報告があります。再発したら再手術、その時は切開開放術になる可能性が高いです。
シートン法(Seton法)
ゴムで痔瘻の「天井」にあたる部分をゆっくりと切断する手術です。
長所
入院しなくてよいこと、切開開放術に比べて術後肛門が緩みにくい術式です。
短所
時間がかかります。順調なケースで3~4ヶ月、不順なら半年~1年近く、複雑痔瘻は1年以上かかるケースがあり、その期間はおよそ週に1度の通院が必要です。しかし時間をかけるお陰で肛門が緩みにくいので、長所と短所が表裏一体の術式です。
このうち現在当院では主に全切開開放術とシートン法を行っており、括約筋保護術はあまり行いません。
括約筋保護術を要するようなケースではシートン法を行っています。
当院は自由診療で手術費が高額のため、再発の危険を冒して括約筋保護術を行うことはメリットが少ないと感じるからです。
現在行われている痔瘻の手術は、大なり小なり肛門括約筋の機能に直接ダメージを与えます。
肛門括約筋というのは肛門を締める輪状の筋肉です。
肛門括約筋を完全に切断してしまうと肛門が締まらなくなりますので、切断するのは一部だけで必ず部分的に残すように手術を行います。
どういうことかと言いますと、ベルトをイメージしてもらうと分かりやすいです。
ベルトの一部分を切る場合、完全に切れてしまって輪ではない状態(=紐の状態)にしてしまうとベルトとしては使えなくなります。
しかしベルトの一部分を傷つけるだけなら、一部分で紐が細くなっていても輪が残っていればベルトとして使うことはできます。
つまり全切開開放術の場合でも、肛門括約筋の「輪」を残すように手術は行われます。
単純な痔瘻だと括約筋のダメージは小さくてすみ、手術後の締まりは弱くはなりますが不便ではないというレベルです。
複雑な痔瘻や深い痔瘻ではダメージが大きくなり、場合によってはガスや水様便のこらえが効きにくくなる人もいます。
そこで様々な工夫が行われてきました。
ダメージの少ない手術としてくりぬき術を中心とする括約筋温存術という方法が考案され利用されてきましたが、この方法は再発が多いことが分かっています。報告によっては50%の再発率とも言われています。
括約筋温存術は確かに上手くいくと素晴らしいのですが、再発したら再手術が避けられません。
結局、ダメージの少ない手術は再発が多く、再発しない(はずの)手術はダメージが大きいというのが現在の結論です。
このように機能温存と根治性のバランスの中で、当院は上記の通り全切開開放術またはシートン法を主体に術式を選択しています。
さいごに
手術は得意なつもりですが、最近はお勧めすることは減りました。
理由は、手術が唯一無二の解決策でないと感じるケースに出会うからです。
手術しなくてもご希望を叶えることができる、そんなケースが増えたのは、そういう技術を会得しつつあるから、ということでしょうか・・。
そうだと良いのですが(汗)。
それでも、完全に治そうとすると手術しかない・・
痔瘻はそういう病気です。
この記事が痔瘻で悩む患者さんのお役に立てれば嬉しいです。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。