直腸脱について
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現在、当院は直腸脱の手術を行っておりません。
今から約7〜8年前に、それまで行っていた直腸脱の手術から完全撤退しました。
理由は簡単。
患者さんに迷惑をかける気がしたから。
どんな仕事でもそうなんですけど、お客さんに迷惑かけるのが一番良くない。
私たちなら患者さんに迷惑かけるのはサイアクです。
役に立ってナンボなんだから、せめて迷惑はかけないようにしないと。
自分が磨いてきた従来の術式では、新しい術式よりも良い結果が得られない、新しい術式は技術的にも設備的にも当院では行えない。
だったら止めよう。
そう判断しました。
今はその判断で良かったと思っています。
今回はこの直腸脱という病気についてお話しします。
直腸脱とは
肛門のすぐ上、奥の部分は大腸の末端で直腸と呼ばれています。
この直腸がひっくり返って肛門の外に出てくる病気が直腸脱です。
でっぱり方がスゴいのです。
ゲンコツ位の大きさで出っ張るケースがしばしば見られます。
肛門に起きるダッチョウ(脱腸)と言っても良いでしょう。
或いは腸重積が肛門に起きた状態、とも言えます。
分かりにくいので有名なGoligherの教科書から図を拝借します。
人体を縦割りにした図です。
A、B、Cと直腸脱が発症し悪化してゆく様子が描かれています。
A 矢印の部分から腸が裏返り、腸重積の初期の図です。
B 直腸で腸重積になっていますが、まだ肛門からは脱出していません。
C 腸重積が進んで肛門から脱出するようになった図です。
直腸脱の発症には多くの場合、骨盤の底にある筋肉(骨盤底筋)の緩みが関わっています。
骨盤底筋は内臓が下がって落ちようとするのを支えている筋肉ですが、年齢とともに緩んで来るのです。
ですから直腸脱は高齢者、特に女性の高齢者に多い病気です。
また、直腸脱は他の臓器脱(子宮脱や膀胱脱)を併発しやすく、これらの病気をまとめて骨盤臓器脱と呼んでいます。
直腸脱は本来腸の病気ですが、これまで歴史的に肛門科が担当してきました。
近年では他の臓器脱の併発から、治療には大腸肛門科、泌尿器科、婦人科も関わる病気となり、総合的なアプローチが必要な病気になりつつあります。
直腸脱の症状・経過
先の図で説明しますと、Aの時期には、普通は患者さんとしては無症状です。
Bになると、異変を感じる患者さんが出てきます。
「頻回に便意を感じてトイレできばってみるのだが排便がない」という症状で受診される患者さんがおられます。
しかし、こういった症状を感じるのは、Bの状態の方の一部だけで、おそらく全員というわけではないのだろうと考えています。
Cの状態になると、でっぱり、べたつきなどの症状がはっきりしてきます。
でっぱりの表面は赤い粘膜です。
大きさはピンポン玉くらいから手拳大を越える大きさのモノもあります。
また、表面が粘膜で当然粘液を分泌しますから、ベタベタとした湿り気があります。
透明で少し粘り気のある分泌物ですが、場合によっては便によりかるく黄色から褐色の着色がある場合もあります。
痛みに関しては、個人差が激しいです。
痛い方から、全くの無痛の方までおられます。
個人的な経験では、Cの状態の方は痛い方が結構多くおられました。
しかしBの状態で痛い方というのは、ほぼ経験がありません。
また肛門科医から見た直腸脱の特長は、肛門括約筋が弱いと言うこと。
つまり、おしりの締まりが弱いのです。
骨盤底筋が緩むというのは、そういう部分にも現れます。
便意を感じた際にこらえるのが難しく、失禁してしまうという症状も良く聞かれる症状です。
直腸脱は老化に伴って悪化します。
加えて直腸が脱出を繰り返すというのは、大きなモノが出入りすることです。
脱出が大きく頻繁になるほど、その分だけ肛門も骨盤底筋全体も緩みがちになります。
また、腹圧を含む身体の上方からの圧力も悪化を助長します。
全体として時間が経つと悪化が避けられない傾向があります。
直腸脱の治療
基本的に手術治療です。
症状が厳しい直腸脱では、症状を軽くするためには手術しか方法がありません。
症状が軽い場合は、予測される症状の進行スピードと余命を比較して方針を決定します。
そして悪化すれば、手術するか、我慢するかの選択を迫られます。
先に述べた通り、この病気は厳密に言うと腸の病気なのですが、昔から肛門科が担当することが多く、当院でも7〜8年くらい前まで治療をやっていました。
少し話がそれますが、直腸脱の病気自体は古くからあったようで、従来の直腸脱の手術は肛門から行うものでした。
直腸脱手術の術式は過去に非常にたくさん考案されたようです(一説によると50種以上とも)。
これはつまり、成功率の高い決め手となる基本術式がないことの証明でもあります。
それでも標準といえる方法がありましたので、当院でもずっと従来のやり方で手術治療をやっていました。
一方、お腹から行う新しい手術が、20年くらい前から日本でも試みとして行われるようになり、さらに15年くらい前から徐々に普及してきたのです。
当初私は新しい術式の効果に半信半疑でしたが、次第に新術式の効果が非常に高いことが分かってきました。
私が磨いてきた従来の方法で、新術式並みの効果を得ようと工夫もしてみましたが、却って患者さんにトラブルが頻発することが分かり、当院は直腸脱手術から完全に撤退しました。
当院では新しい術式に対応できる設備がなく、また私にはお腹から手術を行う技術もなかったのです。
約7〜8年前の話です。
今となっては良い時期に、良い判断をしたと思っています。
現在では新しい術式はさらに進化し、一般化しています。
そもそも高齢の方がかかる病気なので、ハイリスクな手術が多いのが直腸脱治療の特色です。
保険診療の大きな医療機関で行う方が合理的です。
ちなみに、診断は当院で今でも可能です。
当院で診断したケースは、手術目的に紹介し治療していただいています。
一部の手術を希望されないケース、或いは手術できないケースでは、排便の管理を行います。
これで症状が軽くなったケースも経験しています。
しかし、これは緊急避難的な方法です。
そもそも高齢者が手術を先送りにした場合、年齢とともに健康状態が悪化する可能性が高くなります。
そうすると手術治療のチャンスが二度と来なくなる可能性があるのです。
もしも症状が辛く治したいというご希望が本人にあって、手術ができる状態なら、手術した方が良いと私は考えています。
さいごに
直腸脱の患者さんにいつも申しあげることがあります。
私のオリジナルではありません、師匠である増田先生の言葉の受け売りなのですが。
直腸脱とは、年齢と戦う病気なので基本的に勝ち目はありません。
完全に治りたいなら『若返る』くらいしか方法がありません。
手術であれ、手術しない場合であれ、『お墓に入るまでの間、逃げ切ること』が目標になります。手術をすればかなりラクになる方が多いのですが、それでも『パーフェクト』は難しいというのが現実。
そのことを理解して治療に臨んでください。
また、増田先生はこうもおっしゃっていました。
「もともと神様が人間に設定した寿命って大体50年くらいじゃないのかなあ。
だとするとそこから先の人生は本来だったら『ない』はずのもの、ボーナスっていうことやろ?
不便しても仕方ないよな、付き合わんと。」
・・私ももうすぐ50歳ですが、ものすごく含蓄のある言葉です(汗)。
直腸脱は判断が難しい病気です。
この病気の治療には、治療の現実をよく知っている専門家の知識を借りるのが得策です。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。