嵌頓痔核について
カテゴリー:
(2019年5月6日加筆修正)
医療にも多様性が必要だと信じている院長の佐々木巌です。
嵌頓痔核という病気があります。
大きく腫れ上がり、脱肛して、とにかく痛い病気なのです。
腫れの中身は血栓、つまり血豆です。
医療従事者にもよくある誤解のようですが「脱肛を放っておくと嵌頓痔核になる」という説。
患者さんの中には「前の先生からそう説明された・・」とおっしゃる方もおられます。
個人的な見解ですが、それ、私は違うと思います。
そういう方もおられるのですが、脱肛の方、みんながみんな嵌頓痔核にはなりません。
なぜそう思うかと言うと、肛門科医が経験する嵌頓痔核は、脱肛に比べて圧倒的に少数だからです。
じゃ、どうしてそんな説明になるのか・・
前の先生は、本当にそう信じておられるのかも知れません。
でもそうじゃないなら、おそらくその先生の「信念」によるものかと思います。
これは想像なのですが、その先生は
「脱肛は手術するべきだ。手術するのが誰にとっても最高の治療である。しかも嵌頓痔核になってしまうリスクも回避できるのだから、手術に誘導してあげるのが一番患者さんのためである。それが医師の勤めである。」
という信念をもっておられるのかも知れません。
私はこの信念の中の「誰にとっても」という部分に納得できません。
「誰かにとって正解が、全ての人の正解とは限らない」と考えています。
また、皆と同じ選択をする場合でも「自分でちゃんと考えて判断する」のと「人に判断してもらって誘導してもらう」のは違う、とも思います。
「大切なコトだから専門家に判断してほしい」
それも大切な選択肢ですが、
「大切なコトだから自分で選びたい」
と思う方もおられるはず。
そういう方の助けになりたいです。
多様性は大切にしないといけないと思っています。
嵌頓痔核とは
嵌頓痔核は「かんとんじかく」と読みます。
典型的な嵌頓痔核なら肛門科医であれば見ればすぐ分かるというくらい、診断に異論のない有名な病態です。
ものすごく簡単に言うと、血豆のカタマリが親指〜みかんくらいの大きさ(もっと大きいものもありますが)に腫れ上がり、ものすごく痛い病気です。
肛門疾患ガイドラインには以下のように記載されています。
嵌頓痔核は痔核が肛門管外に脱出した状態が持続し、肛門括約筋の痙攣により絞扼され急激な循環不全による血栓、潰瘍、壊死およびリンパ浮腫などの症状を呈し、制服が困難になり、激しい疼痛をきたす疾患で、内痔核の腫大、嵌頓のない全周性の血栓性外痔核と鑑別を要する。
肛門疾患(痔核・痔瘻・裂肛)診療ガイドライン2014年版日本大腸肛門病学会編集より
また、ウィキペディア には以下のように記載されています。
「内痔核は・・さらに進行すると脱肛した痔核が指などで肛門内に戻そうとしても戻らなくなり、体液が鬱滞し激烈な痛みを生じ、排便に関係なく出血することもある。この状態を嵌頓痔核(かんとんじかく)と言い、緊急処置が必要な病態である。」
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典より「痔核」最終更新2016年5月8日 (日) 20:57より一部を抜粋して引用
嵌頓という言葉の中には「はまり込んで抜けなくなっちゃった、はまったところに締め付けられて(絞扼・こうやく)、血流が悪くなりそのためさらに大きく腫れ上がり、さらに抜けにくくなる悪循環」というニュアンスが入っています。
公式見解としては上記のようになっています・・が(笑)。
しかし、私自身は嵌頓痔核に対して、このニュアンスとは全く違ったイメージを持っています。
私は、嵌頓痔核とは、血栓性「外」痔核の主たる病変である血栓と腫れが内痔核部分にも存在していて、血栓を含む内痔核部分が持続的脱出を呈するモノ、という見解です(・・難しい言い方になっちゃった)。
言い換えると、血栓性「内外」痔核、あるいは血栓性「内」痔核で脱肛状態が持続するモノ、ということです。
さらに付け加えると、上記に加えておよそ親指大以上の大きさがあり痛みを伴うモノ、です。
なぜこんな風に考えているかというと、ガイドラインにあるような「肛門括約筋の痙攣」を伴う嵌頓痔核を見たことがないからです。
おそらく、これまで見たケースにおいて嵌頓痔核という診断は間違っていないと思いますから、括約筋の痙攣を伴う嵌頓痔核はむしろ少数の症例でしか見られない現象ではないかと思っています。
私は、嵌頓痔核と血栓性外痔核とは、基本的に同じ病態であり、その血栓ができる場所によって呼び名が違っているのだと思っています。
それなら、血栓性外痔核と血栓性内痔核、血栓性内外痔核と呼べば良いじゃないか、と思うのですが、そうはならないのには歴史的な問題があるのかなあと想像しています。
つまり、昔から嵌頓痔核の病名があった、後から血栓性外痔核の病名ができた。
本来その時に血栓性内痔核や血栓性内外痔核の病名ができてもおかしくなかったのだけれど、歴史的な病名であり、あまりにも有名な病名である嵌頓痔核の病名に取って代わる病名を作ることを誰も考えつかなかった、または恐れ多くてできなかった・・とか。
・・以上、私個人の見解です、あくまでも(笑)
こういう意見を持った肛門科の専門家は、ホントはたくさんいらっしゃるんじゃないかと思いますけどね(笑)
なぜ嵌頓痔核になるのか
嵌頓痔核になる理由ですが、上述の個人的見解も踏まえて私は以下のようなものと考えています。
もともと脱肛がある方が、さらに過度のうっ血の負担がかかると嵌頓痔核になることがある
私は血栓性外痔核もうっ血が原因であると考えていますので、共通の原因ですね。
ではなぜうっ血するのか?
一般的に有名なのは「立ちっぱなし」「座りっぱなし」「長時間・過度の腹圧」などの動作ですが、私は基本的に直腸に残った残便(=出残り便秘)が重要な役割を果たしていると考えています。
正確には、出残り便秘+「立ちっぱなし」または「座りっぱなし」のときに肛門にかかる負担は1+1=2ではなく3にも4にもなる、だから嵌頓痔核や血栓性外痔核を発症するのではないか、と考えています。
嵌頓痔核の症状
「以前から排便時に肛門から出っ張るモノがあることは知っていました。でも痛くないし、押したら簡単に中に入ってしまって不便はないし、痔だと思うし(または肛門科で痔だと言われたし)そのままにしていた。ある日、排便のときに出っ張りが突然戻らなくなり、なんだかちょっと痛いのかなあ、と思っていたら段々腫れは大きくなりピンポン球からみかんくらいのサイズにまで腫れ上がり、痛みも最後には激痛に。もう絶対手術に違いない・・と観念して受診しました。」
以上、典型的な発症の経過です。
この病気、結構突然はじまるようです。
ビックリしますよね。
でっぱり
明確な基準はありませんが、ある程度以上の大きなものを嵌頓痔核という病名で呼びます。
私の場合はだいたい親指大以上を嵌頓痔核と呼んでいる、かな?
でっぱりは自分で中に入れようとしてもなかなか入らない。
または入ってもすぐに出てくる。
病院で入れようとしても同様のことが多いです。
でもたまには入ったっきり次の排便までは出っ張ってこないケースもある。
・・・例外多すぎですね(汗)
結構いい加減でしょ?
そうなんですよ、そう考えるとものすごく情緒的な病名だなあ。
痛み
激痛です。
多くの方が、「風呂に入っている間だけ、ラクなんです」とおっしゃいます。
冬ならカイロを当ててもらったりもします。
あ、低温やけどしますから、必ず服の上から当ててくださいね。
分泌・出血
嵌頓痔核は内痔核部分にも血栓ができて脱肛状態が持続する病気です。
内痔核部分の表面は粘膜といって、粘液を分泌する作用があり、嵌頓痔核のような炎症があると粘液の分泌は増加します。
また粘膜は皮膚に比べて弱くてキズつきやすく、出血しやすいのです。
そんなわけで、嵌頓痔核では日中の分泌物や出血を伴うケースが多いです。
嵌頓痔核の経過
待っていれば治る・・はず。
時間はかかります。
たいていは3〜4週間以上はかかります。
辛抱も必要ですし、ひょっとしたら仕事場に迷惑をかけるかも知れませんが、痛みは永久には続かない・・はず。
「はず」ばっかりですね。
実は、我慢しきれずに手術になる方が結構いる病気なのです。
そういう方はたいていは状況の酷い方。
酷い方に限って手術するわけで、「放っておけば治る」ことを私が経験していない、だから断言しにくいのです。
すみません。
でも、頑張れば手術しなくても大体痛みはおさまる・・はず(苦笑)。
痛みが治まるのに2週間くらいでしょうか。
そして、腫れはあとから引いてきます。
ちなみに、一度腫れ上がって皮膚がギンギンに引き伸ばされています。
この皮膚が元通りになるかどうかは分かりません。
元に戻らなければ通常は皮垂になります。
中には元からあった痔核の状態が一段階進行する方もおられます。
嵌頓痔核の治療
上記のように自然に治る・・はず。
なので基本は保存治療、ダメなら手術という方針です。
保存治療
痛みを緩和する対症療法と原因を取り除き治癒を早める目的の原因療法があり、両方同時に行います。
痛みの緩和には、鎮痛剤と入浴が主体です。
鎮痛剤は一般的な内服薬以外に、漢方薬もよく利用します。
入浴はお湯を張った湯船に浸かっていただきます。
清潔が目的ではありません。
お湯の中に浸かると温めと筋肉の緊張がリラックスする両方の効果が得られ、痛みがマシなことが多いのです。
原因療法ですが、当院では出残り便秘の治療をします。
できるだけ動作の制限はしたくないという考えです。
・・その理由は「さいごに・予防について」をご覧ください。
ダメなら手術
痛すぎでもうダメ・・
と言う方は、手術の方が良いかも知れません。
そこで注意して欲しいのが時間が経てばマシになる(はず)なんだけど、辛いから手術を選択するのだ、ということ。
「手術以外に方法がないわけじゃない、それでも手術を選択するんだ」そんな自覚を持っていただくようにしています。
なぜかというと、理由のひとつは手術治療はノーリスクではないから。
たかがオシリの手術と思うかも知れませんが、手術をきっかけに生命を落とすケースまで存在します。
万一の時に「医者の勧めで手術した人」よりも「自分で理解して手術を選択した人」のほうがまだ納得がいきやすいのではないか、と思うのです。
手術の術式は普通の痔核と共通で、結紮切除術か分離結紮術を使いますが、事実上は分離結紮術になることがほとんどです。
それは嵌頓痔核の手術は緊急で、駆け込みで入る事が多いからです。
当院の場合、緊急に手術する場合は通常は分離結紮術を選択する事にしているのです。
分離結紮術は術後にはそれなりの痛みがある術式なのでその旨説明してから手術になります。
しかし嵌頓痔核の患者さんは、術後もたいていは「これなら手術前よりずっと良いです!」と喜んでくださいます。
分離結紮の術後痛の方がましだって・・術前はどんだけ痛かったんだろ?
嵌頓痔核、恐るべしです(苦笑)。
さいごに、予防について
嵌頓痔核に関しては、多くの方が誤った考え方で肛門科を受診し手術を受けておられます。
「二度とこんな状況はイヤだ。だから手術をして根本的に治してしまおう。」という考えです。
残念ながら、手術をしたところで二度と痔にならない約束はできません。
私は手術をしても、出残り便秘を治さなければ、また痔核になる可能性が高いと思っています。
そして、再び嵌頓する可能性もあるのです。
実際に先日、二度目の嵌頓痔核で手術させていただいたケースを経験しました。
初回も二度目も手術は私が執刀しました(涙)。
じゃあ、どうすれば嵌頓痔核を予防できるのでしょうか?
普通は(=標準治療では)「立ちっぱなし」「座りっぱなし」「腹圧」などの動作によるうっ血の負担を減らして予防しようとします。
一方、当院では出残り便秘の治療をするのが予防の役に立つと主張しています。
「なぜ嵌頓痔核になるのか」の項でお話しした通り、私は「出残り便秘+動作の負担」で嵌頓痔核を発症すると考えています。
標準治療では出残り便秘の概念がありませんから、上記のように動作だけを制限することになるのですね。
もちろん私も過度の腹圧をかけないよう患者さんには指導しています。
しかし、立ちっぱなし、座りっぱなし、などに関してはできれば制限したくないと言う立場です。
こういう制限はそもそも無理があると思うのです。
なぜなら日常生活の中で「立ちっぱなし」「座りっぱなし」になることは避けようがないことも多々あるからです。
仕事だけでなく趣味でもそういう状況になることはあるでしょう。
痔を治療するのは仕事や趣味を存分にやるためじゃないんですか?
なのに制限っておかしくない?
腹圧は確かにやり過ぎはダメだけど、それでもちょっとくらいきばらないとウンチは出ないですよ・・。
これに対して、出残ったウンチ。
これ、必要ですか?
アナタの人生・生活に必要?
必要ないですよね?
だったら、こっちを何とかしようとするのがフツーの発想じゃないですか?
いつも言うんですよね。
「人生を楽しむためにおしりの治療をするんでしょ?オシリのために生きてるんじゃないよね?」
嵌頓ではない普通の痔核でも、同じ考え方で指導させてもらっています。
・・ま、そういうわけで現在のところ完璧な予防法はありませんが、出残り便秘の治療をすることで人生を満喫しつつ、嵌頓痔核になりにくくできると考えています。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。