自由診療の肛門科医として私たちが磨いてきた技術
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院長の佐々木巌です。
当院は自由診療です。
健康保険が効きません。
日本のような素晴らしい健康保険制度のある国で、自由診療のみだなんて非常識な医療機関であることは自覚しています。
そんな非常識な医療機関がなぜ生き残ってこれたのでしょうか?
それは保険診療では実現が難しい部分に気づき、その部分に取り組んできたからだと思っています。
・・そんな風に言うとカッコ良いのですが、本当は
「患者さんが来なくなるのではないか、経営が立ちゆかなくなってしまうのではないか・・」
お恥ずかしい話、自由診療だからこその危機感が一番のはじまりでした。
それ以降もその時その時の理由から、様々なことに取り組んできました。
私たちはこれまで何に取り組んできたのか・・
今回はそういうお話です。
この記事の目次
職人芸としての診断技術を磨いています
「肛門科の技術の中で一番難しいのは、診断の技術である」と師匠である増田芳夫先生に教えていただき、それを信じて努力してきました。
私も実際その通りだと感じています。
私たちは自分自身の目と手をはじめとする五感を使った診断技術を大切にしています。
当院は最新機器を備えた医療機関ではありません。
むしろ最小限の機器で対応できるように努力しています。
その範囲が当院の得意領域であり、対応できる限界であると考えます。
これが「職人芸」と呼ばれる技術を学ぶ幸運に恵まれた者の義務だと考えています。
「高度な診断機器を備えること=医療機関の信頼性を高める」という考え方が主流の昨今、時代に逆行する考え方なのですが、私たちはこのようなポリシーで自分達の技術を磨いてきました。
ですから、誰がやっても同じ結果が出るような最新の機器で診断して欲しいと言う方は当院の診療スタイルは合いません。
そういう機器を持っている施設に受診された方が良いと思います。
昔から熟練の肛門科医は機器に頼らず診断してきました。
私たちは、熟練者の「手」による診断が、最新の機器の診断精度を上回ることを、しばしば目にしてきました。
機器は便利ですが、すぐに頼り癖がつき、いつの間にかなくてはならないものになってしまいます。
時代が進むにつれ機器が普及し、それとともに肛門科医の診断技術が低下してきていると、増田先生は危惧しておられました。
私たちも時には他院にMRIなどの検査を依頼することはあります。
ですが、通常その目的は自分達の診断結果との「答え合わせ」のことが多いです。
医療機器は利用するモノ、答え合わせの為のモノ、と考えています。
もちろん、病気によっては最新の機器がなければ対応出来ないこともあります。
そういう病気は大きな病院で診てもらうべきであって、開業医やクリニックが手出ししてはいけない病気だという認識を持っています。
「説明は技術」と考えて大切にしています
私たちは説明は大切な技術だと考えています。
当院では難しい用語を極力使わず一般的な言葉で説明するようにしています。
「私が説明すること」が目的ではなく、「患者さんが理解すること」が目的だからです。
もしも医者の思考をそのまま患者さんにコピーできたら、最高の効率で治療ができるだろう、といつも思います。
ちゃんと分かる説明は医者にとっては時間がかかって非効率ですが、患者さんにとっては有効でかつ一番安心な治療だと思います。
説明が技術だと思うようになったのは、当院を継いで間もなくの頃でした。
大阪肛門病院(大阪肛門科診療所の旧称)の診療を引き継いだ頃、私はまだ27歳でした。
日本一(と私が信じている)の肛門病の専門施設で3年間修業させて頂き素晴らしい診療を見させて頂きましたが、しかしそれだけの、何の技術もない若い肛門科医でした。
そんな技術のない私が、ある日突然自由診療の肛門科施設の責任者となり、先輩医師よりも高額の診療費をいただいて診療するようになったのです。
プレッシャーというよりむしろ「申し訳ない」という気持ちでした。
どうしたら良いのだろう?
考えた私は、一生懸命説明をすることにしました。
効率よく短時間で説明することはできませんが、患者さんが本当に理解できる説明を探求しました。
私が先輩達に太刀打ちできるとしたら、その部分しかないと思ったのです。
結果、私の患者さん達は未熟な私の診療を受け入れてくださいました。
その時に私は「説明はちゃんとした技術である」と理解しました。
でも当時、本当に説明の技術が大切だったのは、診察室の中ではなく、電話や窓口で行う「当院が自由診療であることの説明」だったのかも知れません。
受診するかどうか迷っている患者さんに「当院がなぜ自由診療なのか、どんな気持ちで自由診療でいるのかを理解してもらうこと」は、当院の生命線でもあったのです。
そういったことを分かっていただける患者さんにだけ受診してもらえるよう、努力を重ねてきました。
そういうわけで、ちゃんと理解していただく事を当院は非常に大切にしています。
コミュニケーションを大切にしています
上述のように、私たちは「説明は技術」と考えています。
コミュニケーションと説明の違いは、説明とは一方通行、コミュニケーションとは双方向に行われるもので相互理解が目的であるということです。
説明は技術で何とかなったとしても、コミュニケーションは技術だけではどうにもなりません。
コミュニケーションの技術が生きるのは心があるからです。
心のないコミュニケーションはいくら技術があっても空虚なものです。
「お仕事」でコミュニケーションしたところで、患者さんが幸せには近づく手助けは出来ないと思っています。
「患者さんは何のために肛門科に来ているのか」を常に考え、目的に近づくためのアドバイスができるよう努力しています。
そういう意味では、私たちにとって「医療とは技術の切り売りではなく人間性で勝負するもの」なのです。
ですから、患者さんとの信頼関係をとても大切にしています。
患者さんが私たちを信頼してくださること。
技術だけでなく、人間性も信頼していただけるように日々、ユルーく精進しております(笑)。
ユルーく、というのは、堅いだけでは、面白くないし、キツいと思うので(笑)。
もちろん、私たちが患者さんを信頼できることもとても重要です。
診察の時にはいろいろな事をお尋ねしますが、私たちにとっては患者さんを信頼するために必要なステップです。
当院のセラピードッグ、ラブです。
5歳の男の子です。
最近トリミングに行ってイメチェンしたんです(笑)
ラブもコミュニケーションの円滑化に大きな役割を演じています。
あと、カッコ悪い話になりますが、私の経験・知識では分からないときには、正直に「分からない」と申しあげるようにしています。
診断技術には自信を持っていますが、知ったかぶりや分かったふりが一番患者さんには迷惑です。
「私たちのプライドのせいで余計な回り道をしなくて済むようにしたい」と考えています。
何でも知っていて威厳を感じる医者に信頼感を感じる方にとっては、きっと「頼りない」医者に見えると思いますが、これが当院のスタンスです。
手術治療の技術
多くのケースで入院で行うスタイルと日帰りで手術するスタイルが選べます。
両者は全く異なる思想に基づいた、異なる術式です。
入院の手術は、標準術式を採用しています。
当院で行った場合の特長は、痛みが少ないこと、経過の個人差が少ないことです。
これに対し、日帰りの手術は古典療法と言われる方法を採用しており、安全性を一番重要視しています。(これらの特長は医療機関ごとに異なる可能性がありますのでご注意ください)
これらのスタイル両方を、それぞれの一流の師匠に学ぶ機会を得られたのは大変な幸運でした。
この両術式の特長をハイレベルで実現していることは、当院の手術治療における技術的な特長です。
痛みの少ない手術:入院スタイル
当院で行う入院スタイルの手術は、標準術式と言われている方法です。
入院期間は当院の場合5泊6日です。
痔核・脱肛に対しては結紮切除術を、裂肛は切除ドレナージやSSG・LSIS、痔瘻なら切開解放術を中心とする術式を行います。
私が大阪肛門病院(当院の旧名称)の診療を引き継いだ当時、当院は「痛くない手術をする病院」として評判をいただいていました。
私は標準術式を社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターでの3年間の勤務を通じて学びました。
社会保険中央総合病院での手術は元々痛みが少ないスマートな手術でしたから、そもそも私は肛門の手術がそれほど痛いものだとは思っていませんでしたが、それでも、当院の患者さんの当時の期待はそれ以上のものがありました。
当院の前任者の田井陽(たいあきら)先生がご病気になり修業先から呼び戻された私ですが、半年くらい田井先生と一緒に仕事をする機会に恵まれ、その間に様々な考え方に触れることができました。
正直、痛みというものは医者にとってとらえどころのないものでありまして、何かをすれば絶対に痛くない、という法則はありません。
ですから医者は痛みが少ないと言われているワザを、一般的なモノも自分独自のモノも色々と試してその医師なりのノウハウを構築してゆきます。
もちろん私も同様で、田井先生が完全に退職された後も、その経験をもとに自分なりのノウハウを蓄積してきました。
ありがたいことに、私もその評判を裏切ることなく手術を実施できてきたのではないかと自負しております。
痛くない手術が出来る医者は痛くない手術を知っています。
つまり痛くない手術をする施設で教育を受けています。
そして、痛くないように細心の注意をいつも払うことを積み重ねています。
痛くない手術は突然、空から降って来るのではなく、初期の学習環境と不断の努力の結果なのだと私は考えています。
安全第一:日帰りスタイル
当院は日帰りで行う手術として古典療法のスタイルを採用しています。
痔核・脱肛に対して分離結紮術、裂肛に対して振分結紮術、痔瘻に対してはシートン手術を行います。(入院で行う術式とは全く異なる方法になります。)
1995年ごろより増田、黒川、畑らにより古典療法が再発見されその良さが再認識されましたが、完全に・安全に実践するには熟練者に十分学ぶ必要のある方法です。
当院で行っている古典療法は日帰り手術に適した安全性の高い方法で、増田芳夫先生を定期的に当院にお招きして約10年に渡って密度の高いご教示を頂きました。
古典療法に出会うまでは、当院の手術は標準術式による入院スタイルのみでした。
標準術式で日帰り手術をしなかった理由は、標準術式で1%以下の確率で起きる術後大量出血を警戒したからです。
日帰りの手術で最も警戒すべきことは、大量出血などの緊急処置を要する事態になって患者さんを危険にさらすことです。
しかも、なぜかこういった緊急事態は夜間や休日に起こることが多く、個人開業のクリニックでは対応が困難です。
当院は入院病床を持ってはいますが、現在は緊急処置に対応できる体制を日常的に取ることができません。
したがって、当院では日帰り手術の術式としては安全性が高いことを最も重要視しています。
古典療法の術式は、この安全性という要求を最も良く満たす方法だと考えています。
また、古典療法は全般にキズが治った後の瘢痕(はんこん、きずあとのこと)が柔らかく、このためメスで切る標準術式にはない特長があります。
各術式を入院スタイルの術式と比較した場合のメリット・デメリットは以下のようになります。(各術式の比較は当院でのものです、他院とは異なる可能性がありますのでご注意ください)
痔核・脱肛に対する分離結紮術:入院スタイルより痛みが強いのがデメリットです。
メリットは、当院の施行経験では本術式の方が美しく治る傾向があります。特に女性では、痛みを承知でわざわざ本術式を選択する方もおられます。
裂肛に対する振分結紮術:メリットは入院スタイルよりも術後の経過が順調でスムーズに治癒する方が多いことです。痛みが強いことがデメリットです。
痔瘻に対するシートン手術:「ゴムのピアス」を数ヶ月にわたって付ける方法です。当院のシートン手術は最もシンプルで、同時に最も技術と経験が要求される方法で、施行が難しいことが一番のデメリットです。
また、ゴムの違和感があること、痛みの個人差が激しく予測が難しいこともデメリットです。メリットは標準術式よりも術後に肛門の「締まり」が良いとされていること、日帰りができることです。
出残り便秘と鈍感便秘の診断治療
日帰り手術の技術を習得するに当たって増田芳夫先生から必然的に学んだことのひとつが、出口で起きる便秘のことです。
増田先生はこれを直腸性便秘と呼んでおられましたが、私たちは出残り便秘・鈍感便秘と名付けました。(学会の中では直腸性便秘と呼ぶべきでないという意見があり、無用な混乱を避けるためにそのようにしました)
私たちは、出残り便秘・鈍感便秘は多くの痔の原因だと考えています。
これを管理すれば、痔の発症が予防できたり、発症時期を遅く出来ると、経験上信じています。
くわしくはこちらをご参照ください。
手術を避ける技術
大阪肛門科診療所は手術を避ける技術を大切にしています。
手術の時期を未来に引き延ばすという意味でもあります。
私たちは、痔の多くは「使いいたみ」またはある種の「ヘタリ」だと考えていますので、手術をしても状況によっては再発を避けられないものだと考えています。
もしも人生の中で何度か手術をしなければならないのだとしたら、手術の回数は少ない方が良いに決まっています。
ですから、「大して辛くもないのに予防的に手術をお勧めすることは絶対良くない」と信じています。
手術を先延ばしにすることも有意義だと思っています。
ただし、高齢の方は健康なうちに治してしまった方が残りの人生がラクかも知れません。
全ては状況によります。
そんな風に元々「軽い痔の人には手術はしない」というポリシーだった私たちが、さらに出残り便秘・鈍感便秘という痔を悪化させない技術を手に入れてしまったわけですので、必然的に手術件数は減少し、この数年で手術件数は10分の1くらいになりました。
結果、診察料を値上げして現在の価格に改定しました。
手術に頼った価格体系のままでは、経営が立ちゆかなくなるのが目に見えているからです。
こうして自分の判断で値上げできるのが自由診療の特殊性です。
保険診療では診療費は国が決めており、医療機関が勝手に変更することはできません。
そして保険診療の価格体系は手術を前提としたものになっています。
仮に保険診療の肛門科が手術を避ける技術を追求しようとすると、他にもっと利潤の上がる技術が必要ですが、そういった技術は肛門科にはありません。
内視鏡やもっと他の科の診療を行って、そちらで評判を取らなければ施設の存続が困難です。
肛門科以外の診療技術で評判を取っている施設が、肛門科の専門施設と呼ばれるというのはおかしな話です。
そんなわけで肛門科の専門施設が手術を避ける技術を追求することは、保険診療では極めて困難です。
手術を避ける技術を追求するのは、自由診療である私たちでなければ実践が難しい仕事だと考えています。
全ては、幸せに近づくための技術です
創立以来約100年以上にわたり、当院で一番大切な技術は手術の技術でした。
現在も手術の技術は大切にしてます。
しかし、「手術を避ける技術」も大切にしています。
一見相反するように見えるこれらの技術に共通するのは「患者さんが幸せに近づくための技術」ということです。
当然、状況によって「手術」なのか、「手術を避ける」のかは使い分けがあります。
その基準は、病気の治癒よりも患者さんの幸せを優先する考え方です。
だから、何が患者さんにとって幸せなのか知りたい、だからコミュニケーションが必要なのです。
幸せな選択を患者さん自身が出来るようにサポートしたい、だから説明の技術が必要だったのです。
これは良性疾患を専門とする肛門科の特殊性だと思います。
死なない病気だからそんな態度が許されるのでしょう。
それが可能なのが肛門科という診療科だと思っています。
私たちは、その範囲内で仕事をさせていただいています。
きっと他の科では通用しない考え方なのだろうと思います。
だから、肛門科に携わっている私たちは幸せだと思っています。
お医者さんって「怖い話をする人」のイメージだと思うのです。
ハッキリ言って、人の不幸がメシのタネの仕事。
でも私たちは怖くないお話が出来るようになりました。
自由診療の肛門専門施設として、幸せ商売を目指しています。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。