繰り返す痔瘻について
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もしも痔瘻が再発したら、次ももう一度みのり先生に手術してもらおうと思っている、院長の佐々木巌です。
みのり先生は「もうイヤや!」と言っていますが(笑)。
私は「痔瘻の治療は再発との戦い」と考えています。
理論上は再発しないはずの術式で手術したのに、再発して再手術が必要なケースも経験しますのでいつも用心しています。
「お前がヘタクソなだけやろ!」とか言われたら身も蓋もないのですが、さる有名な肛門科医も「絶対に治せない痔瘻がある」とおっしゃっていて、用心深いに越したことはないと感じている今日この頃です。
だから「絶対治る」とか、言わないことにしています。
幸いなことに、私の場合、まだ治せない痔瘻には遭遇したことはありませんが・・
今日は痔瘻が繰り返すのはなぜか、どういう状況で痔瘻は繰り返すのかを書いてみたいと思います。
まずその前に、痔瘻とはどんな病気なのか、知りたい方はこちらからどうぞ。
この記事の目次
痔瘻を繰り返す場合、パターンは3つ
いきなりまとめ的な結論なのですが、繰り返す痔瘻には3つのパターンがあります。
そのパターンは
- そもそも根治のための治療をしていない
- 術後再発
- 別の病気(痔瘻の新生・痔瘻癌)
というものです。
3の痔瘻癌は見慣れない言葉かも知れませんが、痔瘻から発生する癌のことです。
以下、それぞれについて詳しく見て行きたいと思います。
かなり細かい説明をしている部分もありますが、要点だけ見たい方は赤い大きな文字だけ追っかけて読んでみてください。
パターン1 そもそも根治のための治療をしていない
まだ根治手術をしていない痔瘻
痔瘻を治すには、基本的に手術しか方法がありません。
ですから根治手術を受けていなければ、痔瘻は治っていません。
当然ながら痔瘻は自然の経過をたどります。
痔瘻の症状は、化膿です。
痛み、発熱、膿が主要な症状になります。
ややこしいのはこの症状が必ず3つとも揃うとは限らない、とか、症状の増減があり、一時は治ったと思えるくらい無症状の時もあるということです。
治ったように感じていた・・のに、また出現するのが痔瘻の症状なわけですが、その周期も個人差が激しく、3日ごとと言う人もいれば、3年ごとに繰り返すような人もいます。
3日ごとに繰り返す人だったらほとんどいつも苦しめられているわけですが、3年無症状だったら、「治っているのに繰り返す・・」という感覚になりますね。
ということで、そもそも痔瘻は繰り返す病気です。
まだ根治手術を受けていないなら、繰り返し症状が起こるのがあたりまえ、となります。
誤解 〜 そもそも根治手術じゃなかった
上で述べた通り、根治手術を受けていなければ痔瘻は繰り返す病気です。
痔瘻は最初に発症した時に切開排膿という応急手当を必要とすることが多い病気です。
はじめて膿が溜まった時は激痛のことが多く、病院に駆け込んで緊急に行われることも多いです。
もちろん、当院でもこの処置を受けた方が安全だと考えています。
問題は患者さんが、本当は応急手当の切開処置を受けただけなのに、ご自身が受けたのは根治手術であると勘違いしているケースがある、ということです。。
医者の言葉の使い方が誤解の原因ではないかと感じています。
だって、医者に「手術」って言われたら、根治手術と思いますよね・・
もちろん「手術」と言っても間違いではありませんが、当院の場合は根治手術と区別する意味で「処置」とか「応急処置」などと呼ぶようにしています。
あるいは、処置後の通院で医者に「もう治ったから来なくて良いよ」と言われ治ったと思っていたけれど、何度も繰り返す、というケースもよくあります。
どうやら医者は「切開の傷が塞がった(痔瘻がどうなったかは分からないけど・・)」と言う意味で「治った」と言っているのですよ。
患者さんは根治した、と受け取りますよね・・
でも受けたのが根治術でなければ、繰り返すのは当たり前のことですね。
パターン2 術後再発
さて、ちゃんと根治手術を受けたのに治りきらない痔瘻もあります。
こういったケースにはいくつかパターンがあります。
原発口を処置できていない
痔瘻の手術で大切なのは、原発口に便が入らないようにすることです。
原発口とは痔瘻の原因になっている小さな穴のことです。
原発口に便が入るから、痔瘻になるし、痔瘻が化膿するのです(だから原発口と呼ばれるわけです)。
ですから原発口を正確に特定できなければ、痔瘻は治りません。
原発口の周辺に紛らわしい凹みが幾つもあるようなケースでは、「ここが原発口だ!」と正確に特定できないこともあり得ます。
手術のときに他の凹みを原発口と勘違いして処置して肝心の原発口はそのままとなり、術後に再発してしまうわけです。
原発口を手術できていない場合、当然痔瘻は繰り返すのです。
くり抜き手術の再開通
痔瘻の手術にはいくつかやり方があります。
近年多くの施設で採用された手術方法に「くり抜き手術」という術式があります。
くり抜き手術は括約筋保護術の一種で当院でも以前はよく行っていました(現在はほとんどやりません、代わりにシートン手術を行っています)。
くり抜き手術の概略は以下の通りです。
1.痔瘻の壁ごとくり抜く
↓
2.くり抜いてできたトンネルの内側の開口部分(原発口と言います)を縫合する
3.治癒のときには原発口の縫合部分は完全に閉じている
くり抜き手術では、痔瘻の原因である原発口の処理が最も重要と考えられています。
原発口を上手に閉鎖できれば痔瘻は治る、逆に、閉鎖できなければ痔瘻は治りません。
このように縫合閉鎖した原発口が再び開いてしまうのが再開通です。
再開通は、術者の上手ヘタだけでなく、患者さんの体力・治癒力、便通の状態など様々な要素の影響を受けると考えられています。
くり抜き手術は手術による括約筋のダメージが最小で術後の締まりを温存できる術式としてもてはやされましたが、一方で再発のリスクも存在するわけです。
表層のみ癒合して深層に空洞が残っている
くり抜き手術以外の一般的な手術方法に切開開放術という術式があります。
痔瘻というトンネルの天井を切り開き露天掘りにする、トンネルじゃなくする、と言う方法です。
分かりにくいので図を描きました。
①痔瘻は皮下にできたトンネルです。
②トンネルの天井の部分をメスで切開してゆくと
③全切開開放術となります。
実際の手術ではここから先が肛門科医にとって一番大切な傷を整える作業に入るのですが、ここでは省略します。
↓
切開してできた赤い部分(傷の部分)と茶色の痔瘻部分の表面まで皮膚が張って治るのが理想的な治り方です。
④ところが図の青い部分だけがくっついて、①と同じような状態になってしまうことがあります。
↓
見かけだけは治っているけれど皮膚の下に空洞が残っており、完全に治っていないわけです。
当然、痔瘻の症状を繰り返す事になります。
枝からの再発
痔瘻は枝分かれして複雑化することがあります。
枝分かれした痔瘻の場合、一般的には主な枝だけきっちり手術しておけば、小さな枝から再発することはあまりない、とされています。
↓
もちろん用心深くすべての枝を手術しようとする考え方もあります(当院はこの立場です)。
しかし、しかし、です。用心深く手術する方針であったとしても、ダメージを減らすために簡易的な処置だけで諦めざるを得ないこともあります。
そのようにして一旦完全に治ったように見えているけれど、実際には完全な処置がされずに残った枝から再発する場合があります。
初期は完全な痔瘻ではなく局所の化膿だけのことが多いです。
化膿を繰り返した結果、完全な痔瘻として再発するケースもあります。。
パターン3 別の病気
痔瘻の新生
一度手術して、その痔瘻は完全に治っている。
それなのに、治った後に、新しい場所に新しい痔瘻ができることがあります。
そして残念ながらこういったケースは決してまれではありません。
患者さんにはとてもかわいそうなのですが・・。
私も痔瘻の手術を受けていますので、またできないか気になります。
で、冒頭の通り・・「また痔瘻になったらみのり先生に手術してもらおう」と考えています。
痔瘻癌
さて、痔瘻を長期間放置していると痔瘻から癌が発生することがあります。
痔瘻癌と呼ばれています。
初期の痔瘻癌は普通の痔瘻と全く見分けがつかないことがほとんどです。
「コロイド状」と呼ばれる特徴的な分泌物の性状で痔瘻癌の存在に気付くケースもありますが、幸運なケースと言って良いと思います。
ほとんどのケースでは痔瘻癌に気付かず、普通の痔瘻として手術になります。
そして、手術しても手術しても、何度でも再発してきます。
まさに繰り返す痔瘻!
主治医が「おかしいなあ?」と病理検査(顕微鏡で組織を見る検査)を行ってやっと見つかる・・というのが普通の発見パターンです。
診察だけでは痔瘻癌の早期発見はまず無理と考えるのが妥当です。
肛門科医は痔瘻を見かけたら手術を考える習性がありますが、それは痔瘻癌にまつわる知識が原因と言って良いと思います。
手術をしない選択は、痔瘻癌のリスクを受け入れた人だけ
以上、一杯書きましたが、繰り返す痔瘻にもさまざまなパターンがあります。
特に、最後に書いた痔瘻癌というのは、正確な発症率は誰も知らないと書きましたが、おそらくほんのわずかなのだという見解が多いし、私もそう思います。
でもやっぱりイヤな病気なんです。
そんなわけで痔瘻を様子観察するのは肛門科医にとっては結構「気持ち悪い」コトなのです。
この点は肛門科を受診する時には、理解しておいた方が良いと思います。
痔瘻を繰り返している患者さんのうち、多くの方が時間と共に辟易し、最後には根治を希望するのですが、中には「私は一生付き合います」なんてツワモノもおられます。
私の場合、こういったツワモノには、手術のメリット、デメリットをお話しした上で、
「痔瘻を手術するかどうかはご自身の自由です。しかし、不幸にして将来痔瘻癌になったとしても他人のせいにしてはいけません。すべてご自身の責任です。その点を理解してくださるなら、これからもこれまで同様、私にできるお手伝いとアドバイスをさせていただきます。」
と申し上げています。
文字にしてしまうと、手術に誘導するための脅しに取られかねない言葉なのですが、決してそういう意味ではありません。
自由と責任が表裏一体であることは、もちろん医療でも同じことです。
人間生きていればどこに癌ができるか分からないわけで、それをどう考えるかは個人の自由のはずです。
判断に必要な適切な情報を提供し、患者さんが自分らしい判断ができるよう支援することが、自由診療の肛門科を営む私の務めだと思っています。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。