出残り便秘・鈍感便秘 〜その残便感は便秘かもしれない〜
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(2019年7月5日加筆修正)
実は自分自身も結構な出残り便秘である院長の佐々木巌です。
出残り便秘・鈍感便秘は当院が作った用語です。
以前は「直腸性便秘」と呼んでいましたが、国際的な取り決めで「直腸性便秘」と言う用語に新たな定義ができたため混乱を招く状況になりました。
考えた末に用語を変更しました。
変用・悪用を防ぐために商標登録してあります。
当院の公式ブログにはこの出残り便秘、鈍感便秘がたびたび登場します。
この用語について説明します。
この記事の目次
まず私たちが考える正常の排便とは
出残り便秘、鈍感便秘の前に、まずは正常の排便とはどんなものなのでしょうか。
大阪肛門科診療所では以下のような排便のサイクルが理想的だと考えています。
①平常時:便は普段は下行結腸にあって、直腸はカラッポです。
②便意:便が直腸に降りてくると、便意を催します。便が直腸に降りてくるのは1日1回だけという人が多いです。つまり、1日分の便はまとまって1回で降りてくるのです。また便が降りてくるタイミングは朝食後の人が多いです。もちろん例外もあります。2~3日に1回だけの人、1日に何回も降りてくる人もいます。
③便意に従って排便します。
④排便の後には直腸は完全にカラッポになります。基本的に1回の排便で直腸がカラになるまで排泄できるのが理想の排便だと考えています。
以上が私たちの考える理想的な排便です。
排泄終了後に残便があったら、それは出残り便秘です
出残り便秘とは「排泄終了後に、直腸に便が残っている状態」のことです。
ご自身の感覚でスッキリしているかどうかは関係ありません。
例えば診察の時、指に便が付いてくればそれは「出残り便秘」の状態です。
普通は排便したら、残っていないはずだ、完全に出しているはずだ、って思いますよね。
特に、スッキリした感覚があったら、カラッポになってる、これ以上出るものはなにもない、と思いますよね。
実は、そうとは限りません。
肛門科では肛門に指を入れる診察を毎回行います。
直腸指診と言います。
だからでもないのでしょうが、受診の当日には排便してから来られる患者さんが多いです。
診療所に来てから排便したという患者さんもおられます。
そういった方々を含めて、直腸指診の時には直腸の残便が残っている方がたくさんおられるのです、というかほとんどの方がそうなのです。
尋ねてみると、
「そう言えば今日はイマイチ、スッキリしない感じでした・・」
とおっしゃる方、逆に
「今日はスッキリ出たんです!それなのに・・」
とおっしゃる方も・・
要するに、ご自身でスッキリしているかどうかの感覚には関係なく、出残り便がある可能性がある、ということなのです。
これを出残り便秘と呼んでいる、と言うわけです。
毎日便が出ている人は自分が便秘だと言う意識はないですから、私たちが便秘という診断をすると衝撃を受けられます。
出残り便秘の排便サイクル
出残り便秘にもパターンが複数ありますので様々なサイクルが考えられますが、ここでは一番オーソドックスなパターンである「大体毎日1回排便があるのに、出残り便秘である」という方を例にとってサイクルを考えてみます。
A平常時:正常のサイクルと同様、下行結腸よりも奥の部分に便が降りてきます。加えて直腸には朝に排便しきれなかった便が残っています(出残り便秘)。
B翌日:一晩明けると直腸の便は水分が吸収されて硬くなります。直腸は水分の吸収が非常に良い部分なのです。
C便意・排便:直腸には既に硬くなった便が残っています。そこに翌日の朝食後に新しい便が直腸に降りてきます。便意を感じて排便すると、先端は硬く(昨日の便)、後半は軟らかい(当日の便)状態になります。
D排便後:便を一部直腸に残したまま排便が終了します。便が直腸に残るとき、多くの場合、便を肛門括約筋でちぎって終わりにしています。つまり肛門管(肛門の出口でキュッと締まっている部分)にも便が残ることになります。
慢性的に出残り便秘がある人は鈍感便秘になります
鈍感便秘とは、直腸に便があるのに便意がない状態のことです。
鈍感というのは、便が降りてきたことに鈍感、また便が残っていることに鈍感という意味ですね。
つまり便を感知できていない状態です。
ご本人としては無症状という場合でも、こういう方は非常に多いと思います。
なぜこうなるのでしょうか。
直腸に便の残りがある状態は、はじめのうちは気持ち悪いはずです。
しかし、その気持ち悪さは時間とともに忘れてしまいます。
今朝、残便感があった、という方でも、残便感が夜まで続く方はほとんどおられないでしょう。
直腸まで降りてきた便は、基本的に翌日まで直腸の周辺にあるはずです。
あるはずなのに、感じなくなる。
そう、便があることに慣れてしまうのです。
この一日単位の慣れが、毎日毎日起こるとどうなるでしょう。
毎日少しずつ、もっともっと慣れるはず。
つまり、慢性的に残便のある人というのは、言い換えると「毎日毎日、もっとうんこを溜められるようにトレーニングしてるようなもの」なのです(苦笑)。
そうして鈍感な直腸を日々作っている・・ということになります。
これが鈍感便秘になる仕組みです。
人によっては何日分も便がたまっているのに気付いていない人もいます。
もちろんそういう方は数日に一度の排便となり、いわゆる世間で言うところの便秘の状態です。
診察してみると直腸にしっかりと便はあるのに、ご本人は便意を全く感じていない状態、というわけです。
出残り便秘・鈍感便秘が引き起こす問題とは
出残り便秘がおきるとどんな問題がおこるのでしょう。
たくさんありますので、列挙してみます。
これらは互いに影響し合い、絡み合っていますから、関係する部分を行ったり来たりしながら読んでみてください。
便の出始めが硬い、裂肛
前述の通り、次の排便まで直腸内に居残った残便は水分が吸収されて硬くなります。
翌日になると、新しいその日の便が上から降りてきて、便意を催します。
このときの便は、出始めは硬い便、後半は本来の便の柔らかさという二段積みの状態になります。
出始めの硬い部分は裂肛の直接誘因になります。
そして便の先端の硬い部分は便器の底に沈んでしまい、後で便器をのぞいても見えません。
排便後に確認して見えるのは、後半のほど良い堅さの便だけ。
だから「硬い便じゃないのに切れる」とおっしゃる患者さんが多いのです。
水分を多く摂るように心がけたり、整腸剤を飲んでも出始めだけ硬い場合は出残り便がある可能性が高いです。
便秘だと診断すると「はじめて分かってもらえた!」喜んで下さった男性患者さんもおられました(笑)。
切れ痔(裂肛)については詳しく解説していますので、こちらもお読み下さい↓
排便回数の増加
直腸の出残り便が大量の場合、後から便意を感じてもう一度排便する人がいます。
毎日2回も3回も排便している人もいます。
1回の排便の中でも硬い便と軟らかい便が混在しているわけですが、毎日2回、3回と排便のある方では、朝は比較的硬便なのに、2回目以降は軟便という方が多いです。
私たちの経験上、排便回数が多いのも、実は便通が良いのではなく、出残り便秘の症状で、むしろ程度が悪いというケースの方が多いのです。
硬便と下痢の繰り返し、過敏性腸症候群?
腸には自動調整作用がありますので、残便が肛門付近に残っていると詰まりを解消するために奥の腸が反応して蠕動(ぜんどう、腸の動きのこと)が強くなります。
蠕動が強い場合には腹痛を伴う下痢便となることもあります。
つまり、周期的に
数日排便がない状態から
⇒ 数日後に排便する。出始めは硬便、硬便の後は栓が外れたように下痢をする。
⇒ 2-3日下痢が続く。
⇒ そしてまた便秘をする。
こういう周期を繰り返す場合があります。
この症状のために過敏性腸症候群の診断を受ける人もいます。
出残り便秘の治療だけで、過敏性腸症候群の診断根拠となった症状が全て治まった方を経験しています。
中学2年生の時から常にお腹の調子が悪く、便秘や下痢だけではなく体臭にも悩んでおられた患者さん。
心療内科では過敏性腸症候群と診断され、「もう何をやっても治らない…」と諦めておられましたが、半年ほど前にたまたまネットで当院のみのり先生のブログを見つけたそうです。
「過剰衛生症候群」「かくれ便秘」の記事を読んで、ご自身も20年以上(過敏性腸症候群ではなく)単なるお尻の洗いすぎと直腸性便秘で悩んでいたのではないか、と考えて、ブログの記事をヒントにお尻を洗うのをやめ、座薬を使いはじめました。
その結果、お尻の熱感やベタベタ感は2〜3ヶ月ほどでなくなり、外出中や食後にお腹を壊すこともなくなりました。
ただ毎日座薬に頼っていたので「そのうち効かなくなるのでは…」と心配になり、思い切って受診されたのです。
みのり先生の診察の結果、肛門には異常なく、体臭も認めませんでした。
これを聞いてご本人も安心されたとのことです。
また自己判断で始めた座薬が間違いでなかったことも分かり、とても喜んでおられました。
さらに、外出中にホットフラッシュのような症状をよく起こしておられたそうなのですが、初回受診の後、体感で8割ぐらい良くなったとのことです。
この患者さんが読まれた記事には「直腸性便秘」「かくれ便秘」と記載していた考え方・言葉は、現在「出残り便秘」と改めました。
この方は以前書いていたアメブロを読んで受診された患者さんでした。
このように「出残り便秘」が「おなか」に及ぼす影響も無視できないくらい多く見られ、それに対して誤った診断が下され、必要のない薬を飲んでいる方も多いです。
市販の内服下剤が効かないタイプの便秘
ややこしいのですが、ここで言う「便秘」は世間で言うところの便秘と同じ意味で「何日も排便がない状態」のことです。
排便が2-3日に一度(もっと酷い人もいますが)という方で、その原因が出残り便秘+鈍感便秘「だけ」、という方がおられます。
鈍感便秘が酷くなると、1日分の便だけでは気付かない、2~3日分たまってはじめて感じる人がおられます。
例えば、3日分たまったら便意を感じて排便、2日分だけ排出し1日分は残便として残る、と言うパターンだと3日に1回の排便になるわけです。
こういうタイプの方(つまり出残り便秘+鈍感便秘の方)が下剤を飲むと
「お腹ばかり痛くなって、ちっとも出ない。」
「出るには出るけれど、やっぱり先端は硬くて排便が痛い。」
「飲むと下痢、飲まないと出ない。どうすればちょうど良い便が出せるのかわからない」
という反応が多いです。
人によっては
「まったく何も起こらない」
という方もおられます。
こういった市販の内服下剤が効かないタイプの便秘の場合、出残り便秘+鈍感便秘を疑います。
出口が便秘の原因なのに、奥の腸に効く下剤を使っても効果がまったく無かったり、逆に効き過ぎて下痢になったりします。
的が外れた治療をしているのだから、望んだ効果が得られないことが多い、というわけです。
便の拭き残し
便が残るということは便をちぎって終わりにするということです。
拭いても拭いても、拭ききれなくなります。
指を肛門の中に入れて拭いても、拭ききれないはずです。
中に便が残っていて、その便とつながっているんだから、当然です。
出残り便をスッキリ出したらキレイに拭き取れることに感動する患者さんも多いです。
過剰衛生症候群
上記の拭き残しから、肛門の拭きすぎ、洗いすぎが起こります。
拭きすぎ、洗いすぎは肛門周囲の皮膚の「肌荒れ」の原因になります。
いつも申しあげる身近な例は、食器洗いで手の肌が荒れますよね。
基本的にアレと同じ理屈です。
皮脂を落としすぎると色んなことが起こります。
以前は温水便座症候群と表現されていましたが、私たちは過剰衛生症候群という用語を提唱しています。
だって悪いのは温水便座だけじゃないからです。
全ての衛生のための行動が原因になります。
要は、何ごともやり過ぎは良くないということ、でしょうか。
詳しくはこちら。
ウォシュレットが悪いって言われるとショックを受けられる患者さんも多いです(汗)
気持ちは分かりますけどねぇ・・・。
でも、ちゃんとスッキリ便を出し切ったら洗わなくてもキレイに拭けるんですよ。
かゆみ
かゆみは上述の過剰衛生症候群の主症状です。
ほとんどのかゆみは、過剰な衛生行動が原因で、衛生行動の原因になるのは拭き取りが悪いこと、つまり出残り便秘だと考えています。
ニセ便失禁
拭ききれずに肛門の穴に挟まったままになった便が、日中にヒョイと降りてきて下着を汚すことがあります。
こういう症状の方が「失禁する」と言って受診してくることがあるのですが、当院ではニセ便失禁などと呼んで真の便失禁と分けて考えています。
ニセ便失禁の特長は、
- 下着の汚れは排便の後に起こりがち、
- 1回汚れると2回は汚れない、
- 汚れの原因になる便の大きさは大豆以下(普通はもっと小さい)のサイズである、
といったことです。
人間の肛門はいつも一定の強さで締まっているわけではなく、強くなったり弱くなったりしています。
締まりが弱くなった瞬間に、挟まっていた便が落ちてしまうのがニセ便失禁です。
これは締まりの力が正常の方にも起こります。
これに対して当院が考えている真の便失禁は、意識しないで排便が起こってしまうことです。
出てくる便だって、もっと大きなサイズです。
真の便失禁は当院で治療はできませんので、紹介させていただくことになります。
糞詰まり(便栓塞)
出残り便は翌日まで持ち越しになり、その間に水が吸収されて固まりその硬い部分が翌日の便の先頭になるというのは前述の通りですが、この出始めの硬便がとても大きい場合は、痛くて排便が困難になります。
出せないままでいると便栓塞、つまり糞詰まりになります。
常時あるいは周期的に強い便意があるのに、すぐそこまで来ているのに出せない、人によっては肛門が痛い(それも相当の激痛)という症状になります。
糞詰まりの状態をそのままにすると、硬便の周りを軟便がすり抜けてオーバーフローによる失禁を起こすケースもあります。
詳しくはこちら
痔核の原因となる
便が残ることによって肛門がうっ血します。
痔核の発生原因については諸説ありますが、当院ではうっ血が痔核の直接の原因になると考えています。
また既に痔核・脱肛がある人は、でっぱりの症状が悪化します。
逆に出残り便がない状態を2〜3週間維持すると、それまで悩まされていたでっぱりの症状が軽くなったり、人によっては完全になくなってしまう人もいます。
痔核自体がなくなるわけではありませんが、手術をしたくない人、都合で受けられない人は「もうこれで十分」とおっしゃる方が少なくありません。
ただ「もっと早く、この情報を知っておきたかった」と言われるのも事実。
痔になる前に便通を治せば痔にならずにすんだかもしれませんからねぇ・・・。
痔核について詳しくはこちら↓
痔瘻の原因となる
痔瘻の発生原因は、一般に下痢便とされていますが、当院はむしろ下痢便よりも出残り便秘の方が痔瘻の原因として重要だと考えています。
痔瘻は肛門腺に便が潜り込んで化膿する病気です。
肛門腺とは肛門の出口のすぐ奥、約1cmくらいのところにある細い管状の組織です。
下痢便によって痔瘻になる仕組みというのは、水様の下痢が勢いよく出て肛門腺にも勢いで入ってしまうというものです。
確かにそういう痔瘻もあります。
一方、出残り便秘によって痔瘻になる仕組みはこういうものです。
便は雑菌の塊ですから、出残り便秘の状態では直腸内は化膿の原因となるばい菌が常に高い密度に存在します。
肛門腺付近にも便は残ります。
当然感染が起こりやすくなると考えられます。
常に感染の機会はあるはずなのですが、普段は自分自身の免疫力によって感染が抑えられています。
体調不良など免疫力が低下した時に痔瘻を発症するのではないか、と考えています。
痔瘻について詳しくはこちら
実はどこから先を病気とするかが最も難しい
ここまで読んだ方はきっと思っておられるでしょう。
「ほとんどの肛門の不調が、出残り便秘から来てるってこと?」
はい、その通り。
当院はそう考えています。
でも、直腸性便秘があると分かっていても、患者さんにメリットがない場合には治療しないこともあります。
診察の時には、その方が出残り便秘の状態にあるかどうか、たいてい分かります。
でも、それを病気と診断して良いかどうかは別問題です。
排便とそのサイクルだけで、正常か、異常か、を判定するのはちょっと困難です。
大事なのは患者さんが不便をしているかどうかだと思います。
たとえてみると「運動音痴」とか「歌がヘタ(あ、ホンモノの音痴だ)」とか言うのって、主観ですよね。明確な境界線があるわけじゃないです。
それと似た感じで、一概に何を持って正常か、異常(=病気)かは定義しにくいのが本当のところです。
だから個人的な見解なのですが、出残り便秘のせいで不便をしていれば病気、不便がなければ病気じゃなく状態だけ、と決めています。
病気なら治療の対象ですし、病気じゃなければ当たり前ですが治療もしません。
患者さんにメリットがあるかどうかだけで考えます。
実はこういう考えって近年の医学の世界ではレア・ケースかもしれませんが。
なお、長期的な観点から、例えば術後の患者さんで痔の再発を予防したい、と言う場合には、治療をお勧めすることがありますが、当院は治療方針を押しつける事はありませんのでご安心ください(笑)。
痔の診断と治療は医師によって判断基準が様々なので、出来るだけ専門にしている先生にかかって頂きたいです。
以下の記事に全国の肛門専門施設を実名で書いていますので参考になさってください↓
さいごに
以前、ある患者さんがこんな風におっしゃってました。
「真夏の生ゴミのポリバケツ、あれ、一日で腐って臭くなるやん?あれとおんなじことを自分の腸でやってるんやもん、身体にええわけないよね。」
そう、夏の気温と体温はちょうど同じくらいですからねぇ・・ものすごく納得(笑)。
大阪肛門科診療所 院長。 平成7年大阪医科大学卒業。大学5年生の在学中に先代の院長であった父が急逝(当時の名称は大阪肛門病院)。大学卒業後は肛門科に特化した研修を受けるため、当時の標準コースであった医局には入局せず、社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。隅越幸男先生、岩垂純一先生、佐原力三郎先生の下で3年間勤務、研修。平成10年、院長不在の大阪肛門病院を任されていた亡父親友の田井陽先生が体調不良となったため社会保険中央総合病院を退職し、大阪肛門病院を継承。平成14年より増田芳夫先生に師事。平成19年組織変更により大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。