肛門にできる尖圭コンジローマについて
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(2019年7月4日加筆修正)
皮膚科医をしていた20代の頃、陰茎の尖圭コンジローマの治療をした経験のある佐々木みのりです。
性感染症の一つである尖圭コンジローマ。
体のどこに出来てもおかしくないのですが、こと、肛門に発生すると肛門性交(アナルセックス)が原因であると言われており、肛門尖圭コンジローマの診断を受けることは、患者さんにとっては本当に屈辱的なことでもあります。
1990年代は圧倒的に男性患者さんに多く見られ、その多くがホモセクシャルでした。
当然、HIVを合併していることもあり、当時の私たちの認識も肛門尖圭コンジローマと言えば、アナルセックスをしているゲイの人が罹患する性病でした。
ところが2000年に入ってから女性患者さんが徐々に増えてきました。
「彼氏にアナルセックスを強要されて・・・」
と泣きながら受診された女性患者さんもおられましたし、そのようなケースはアナルセックスにより肛門内に外傷性の裂肛もあり、患者さんが隠していても肛門を見たら分かることも多かったです。
ところが・・・
最近はどうもおかしいのです。
全く肛門性交(アナルセックス)の既往のない肛門尖圭コンジローマが男女ともに増えてきています。
最初は「患者さんが恥ずかしいから黙って隠してるだけ」と思っていました。
だけどどう考えてもあり得ない、考えられないケースばかりで、「ちょっとおかしいぞ、なんでだろ・・・」と考えあぐねていたところ、ある習慣をやめてもらったら尖圭コンジローマが自然消退するケースに出会いました。
そのある習慣とは「肛門を洗うのをやめてもらう」ことでした。
温水便座だけでなく、入浴時のシャワーも含めて、過剰に洗うことをやめてもらったんです。
すると・・・
2週間くらいで肛門周囲にブツブツとあった皮疹が、かなり減っていました。
もしかしてこのまま様子をみたら治るかもしれない・・・
と、イソジンの軟膏だけ塗ってもらって経過を見ました。
数ヶ月経ったら完全に皮疹は消失・・・・・
衝撃を隠しきれませんでした。
それからも数例、皮疹が軽度な肛門尖圭コンジローマには温水便座をやめてもらって、入浴時にゴシゴシ洗うのも中止し、イソジンの軟膏だけ塗ってもらい、自然消退するということを経験しました。
温水便座が何らかの引き金になっているかもしれない・・・
そう疑い始めた頃、とある病院で肛門手術後の入院患者さんに尖圭コンジローマが多発しました。
術後の患者さん全員に、病棟の温水便座で肛門をキレイに洗うよう、指導していたのです。
手術の傷をキレイにしようと患者さんも一生懸命洗っていたようです。
私の話を聞いて、洗うのをやめてもらったら自然に消退したようですが、以後、肛門の洗い過ぎには医師も疑念を抱くようになっています。
一昔前は肛門科でも「おしりはキレイに洗って清潔にしなさい」と指導をしていましたから、それが180度、覆されるわけです。
医師側にとっても受け入れがたい、認められないことでもあります。
未だに年配のベテランの肛門科医は昔の指導をしていることも多く、まだまだ議論が尽きない事項です。
でも、私は元皮膚科医としての経験からも、温水便座が悪いとか危険とかという問題以前に、洗い過ぎによる皮膚障害が問題であると考えています。
なぜなら尖圭コンジローマの原因ウイルスであるHPVは微小外傷を通じて皮膚・粘膜上皮幹細胞に感染するとされているからです。
洗い過ぎは微小外傷を形成しやすく、皮脂膜という大切な皮膚バリアーを損ないます。
皮膚免疫が落ちるため、ちょっとしたことで感染しやすい皮膚を作っているわけです。
だからまずは洗うことをやめることによって、皮膚バリアーを再生し、皮膚の免疫力を上げることが大切なのだと考えています。
というわけで、最近は性行為を介さない肛門尖圭コンジローマが増えているという印象です。
少なくとも当院では肛門尖圭コンジローマの半数は性行為を介さないものです。
だから「性病だから恥ずかしい」「家族にも言えない」と落ち込まず、気軽に受診して、まずは正確な診断と適切な治療を受けて欲しいです。
なぜなら治療が遅れるとウイルスが増殖し、皮疹が拡大していくからです。
早く見つけて早く治療する方がいいです。
今日は、あまり知られていない尖圭コンジローマについて解説したいと思います。
この記事の目次
肛門尖圭コンジローマの症状
肛門周りのブツブツとして自覚されることが多いです。
実は「肛門のかゆみ」として受診されるケースも多く、かゆいから掻いているうちに「皮膚にぶつぶつが出て来た」とか「皮膚が盛り上がってきた」と表現されることが多いです。
中には「かゆみ」症状だけで全く気付いていない患者さんもおられます。
そして気付いたときには尖圭コンジローマがかなり大きくなっていることもしばしばあり、カリフラワー状の隆起物になっていることもあります。
ウイルスは掻破(掻くこと)を介して広がっていくため、肛門周囲だけでなく、外陰部や殿裂(お尻の割れ目の部分)にま拡大しているケースもあります。
最初は毛穴が盛り上がったような本当に小さなプツプツなんです。
よく見ないと分からないような小さなものなのですが、ウイルスが増殖すると次第にハッキリ分かるようになってきます。
触ってみてだんだん大きくなっている、プツプツが増えてきているなら要注意です。
また別の場所にウイルスが感染していくため、掻いている指先にも発生することがありますから、掻いた後は石鹸でしっかり手を洗うことをお勧めします。(本当は掻かないのが一番です)
新しい皮疹(プツプツ)が出てくる前に、その場所にムズムズとしたかゆみのような感覚があることも多いです。
いずれにしても、ある程度、皮膚症状が出てこないと気付かないですし、診断出来ないことも多いです。
肛門尖圭コンジローマはHPV感染症
HPVというのはヒトパピローマウイルス(human papilomavirus)のことで、子宮頚癌の原因ウイルスとしても知られています。
微小外傷を通じて皮膚・粘膜上皮幹細胞に感染するとされ、性行為感染症と言われています。
その中でも粘膜型HPV感染症は不顕性感染(感染しても症状が出ないので気付かない)も多く、無症候性キャリアーだと、相手は発症していても自分は無症状ということもあり、罹患患者さん(尖圭コンジローマになっている患者さん)との間でトラブルになることもあるのです。
大阪肛門科診療所で以前、本当にあった話なのですが、肛門尖圭コンジローマと診断された女性患者さんのセックスパートナーには全く異常がなく、「一体、誰からうつされたの?お前、浮気しただろ!」とケンカになったことがありまして・・・。
不顕性感染と無症候性キャリアーの話をしたら、今度は、尖圭コンジローマの女性患者さんの方が、「私は浮気なんてしてない!あなた以外にセックスしている相手は居ない。あなたからうつされた!あなたがどこかで遊んでもらってきたんでしょ!」と、今度は女性患者さんの方が反撃に出まして。。。
いや〜・・・本当に仲裁するのに大変でした💦
治療して事なきを得たのですが、そもそも原因はウイルスです。
風邪やインフルエンザだって、「いつ、どこで、誰から」うつされたか、、、なんて分かりませんよね?
ましてや不特定多数の人が利用するトイレの温水便座を使っていると本当に分かりません😰
しかもウイルスの潜伏期間は2週間〜半年。
半年前までさかのぼらないと分からないのですが、半年前のことなんて覚えてないですよね?
またウイルスが皮膚や粘膜についても、感染するかどうかは免疫力に左右されます。
ウイルスがついても微少な傷がない、皮膚バリアーがしっかりした人だと感染しないわけです。
だからウイルスがついたからって全員が感染して発症するわけではない。
皮膚免疫を上げるためにも「洗いすぎないこと」が重要なのです。
肛門尖圭コンジローマの治療
様々な治療がありますが、どの治療を選択するのかは施設によって医師によって異なります。
受診される施設にお尋ね頂くのが一番ですが、主に3つの治療法があります。
①液体窒素
私は昔、医師になってからの4年間だけ皮膚科医をしていました。
その頃、尖圭コンジローマの治療と言えば、皮膚科では液体窒素が主流でした。
簡単に言うとドライアイスを皮膚に押しつけて低温やけどを作るようなもの。
やけどの部分が水ぶくれになって患部が剥がれ落ちるのを待つ治療です。
私も皮膚科外来で液体窒素凍結療法をやっていましたが、これ、本当に患者さんが痛がって大変でした💦
指先や口唇、陰茎などに出来ている患者さんの治療を経験したことがあるのですが、もう、大の男が脂汗流して耐えておられましたね。。。
特に陰茎は痛そうでした😫
当時20代の若い女医に治療をされる男性患者さんは、さぞ情けなかっただろうな・・・と思いますね。
むっちゃ痛いし、効きそうに思えるこの治療なんですが、残念なことに液体窒素ではウイルスは死にません。
患者さんでも勘違いしている人が多いのですが、ウイルスは死なないんですよ。
だってウイルスって凍結保存したりするでしょう?
低温で固めても死にません。
低温やけどで出来た水ぶくれの中には生きたウイルスが居るわけです。
それが剥がれ落ちるときにウイルスが残ったり、他の場所に付着したりして、また新たな感染を起こすこともあります。
というわけで。。。
2〜3週間に1回、液体窒素凍結療法を受けに何ヶ月も通って来られている患者さんが多かったです。
いつ治るんだろう・・・?
って私でも思ったくらいですから、通院されている患者さんも本当につらかったと思います。
②ベセルナクリーム
最近は尖圭コンジローマの治療と言えばこれです。
患部に塗るだけで簡単に治療出来ますし、医師にとっても患者さんにとっても便利ですよね。
現在、尖圭コンジローマの治療の第一選択になっていると言ってもいいと思います。
でも、このクリーム、合わない患者さんが時々おられます。
ひどくかぶれて、ただれたようになったり、あまり効果が無く尖圭コンジローマが治らなかったりする場合もあります。
またこのクリームは肛門の中には塗ることが出来ないため、肛門の中にも尖圭コンジローマがあるようなケースは根治が難しいです。
③手術
病変を切除して焼灼する方法です。
病変を切除して取り除き、ウイルスを死滅させるために焼灼する、これが一番確実な根本治療だと私は考えています。
ウイルスは熱に弱いので焼灼が効果的です。
切除しただけでは再発することが多いので、私たちは必ず焼灼しています。
当院では肛門尖圭コンジローマに対して手術治療のみ行っています。
ベセルナクリームなら保険診療の施設で処方してもらった方が費用負担も安いですし、わざわざ自由診療の当院で処方するメリットがありません。
保険で出来る治療は保険で受けた方が患者さんにとってもメリットがあると考えています。
だから基本的に当院に来られる患者さんは、保険診療の施設でベセルナクリームなどの標準治療を一通りやったけれど完治していない人です。
肛門科にかかっておられる患者さんもおられますし、皮膚科でずっと通院されている患者さんも多いです。
肛門尖圭コンジローマは肛門周囲の皮膚だけでなく、肛門の中にもできていることが多いため、中もきっちり治療する必要があります。
肛門の中に尖圭コンジローマがあるのに、外側だけ治療しても再発を繰り返します。
肛門の中の尖圭コンジローマを治療するには痔核(いぼ痔)などの手術と同じように麻酔をかけて、しっかりと肛門の中を観察しなければなりません。
だから肛門尖圭コンジローマの治療に関しては肛門科で治療する方が適切だと思っています。
肛門尖圭コンジローマの治療には根気が必要
尖圭コンジローマの原因ウイルスのHPVは潜伏期間が2週間〜半年と幅広いです。
一見、正常に見える皮膚にもウイルスが潜んでいると、そこからまた新しい皮疹が出て来ます。
新しいものが出てくるたびに、しらみつぶしに切除して焼いていきます。
特に尖圭コンジローマの初期は毛穴の盛り上がりのような本当に小さな皮疹なので、見逃さないように丁寧に、つぶさに注意深く皮膚を観察しなければなりません。
私はルーペで観察しています。
肉眼では分かりにくい小さな病変も、これだと見つけやすいです。
見つけたら、その都度、切除して焼灼します。
何度も何度も繰り返し治療が必要になることも多く、患者さんにとっても医者にとっても忍耐と労力が必要な病気です。
1回切除・焼灼して終わりじゃないんです。
平均すると3回くらいは切除・焼灼が必要なことが多いです。
またウイルスの潜伏期間が最長半年なので、完治した後も半年間は注意が必要です。
だから定期的にチェックを受けてもらっています。
セックスパートナーも一緒に治療する必要があります
もしも、セックスパートナーが尖圭コンジローマであれば、双方ともに治療する必要があります。
男性の場合は陰茎の先端や睾丸にできていることが多く、その場合は泌尿器科もしくは皮膚科で治療することが多いです。
肛門周囲に出来ている場合は肛門科に相談されると良いでしょう。
もちろん、治療中は性行為禁止です。
また不顕性感染や無症候性キャリアーで、パートナーには全く症状が出ていないこともあります。
男性は媒介するだけで本人は無症状というケースも多いです。
いずれにしても、潜伏期間がありますので、今、症状が出てなくても、これから出てくるかもしれないので気をつけて観察する必要があります。
他の人にうつさないために〜日常生活での注意点〜
家族や他の人に尖圭コンジローマをうつさないために、当院では次のことに気をつけてもらっています。
①入浴時の身体を洗うタオルやスポンジ、身体を拭くバスタオルは共用しない。
②湯船につかるのも一番最後にする。お湯は捨てる。バスタブは洗剤で洗う。
③なるべく温泉やスパなど、不特定多数の人が利用する場所に行かない。
④ウォシュレットは使用しない。
⑤コンジローマの部分を触ったら、必ず手を石鹸で洗う。
⑥性行為はしない。コンジローマの部分を触らせない。
⑦コンジローマが完治するまで妊娠しないように気をつける。(外陰部や膣内にあれば、産道感染を起こして生まれてくる子供にうつります)
尚、衣類や下着は他の人の物と一緒に洗濯してもらっても差し支えありません。
尖圭コンジローマはちゃんと治療したら治る病気です
尖圭コンジローマはウイルス性疾患なので治療期間が長くなります。
色々な医療機関を転々として、何年も治らずに経過していると「一生治らないんじゃないか」と患者さんも不安に思ったりされるようですが、ちゃんと治療すれば治ります。
時間はかかるかもしれませんが完治します。
そのためには患者さんにも色々なことを我慢してもらったり、約束事を守ってもらわなければなりません。
それが出来ていない人も多いです。
ベセルナクリームや手術などの治療をすることも大切ですが、皮膚免疫を含め、自分の体の免疫力を上げることも大切です。
風邪やインフルエンザと同様、どんなにウイルスが流行していても、感染する人としない人がいるように、元々、体に備わっている免疫力や自己治癒能力は自分でしか培えません。
どんな病気も治すのは患者さん自身です。
私たちは、そのお手伝いしか出来ないということを、いつも心に留めて、患者さんに接するようにしています。
特に尖圭コンジローマの治療には覚悟が必要です。
どうか頑張って治療して下さいね。
元皮膚科医という異色の経歴を持つ肛門科専門医。現在でも肛門科専門医の資格を持つ女性医師は20名余り。その中で指導医の資格まで持ち、第一線で手術まで担当する女医は10名足らず。元皮膚科医という異色の経歴を持つため、肛門周囲の皮膚疾患の治療も得意とし、肛門外科の医師を対象に肛門周囲の皮膚病変についての学会での講演も多数あり。
「痔=手術」という肛門医療業界において、痔の原因となった「肛門の便秘」を直すことによって「切らない痔治療」を実現。自由診療にもかかわらず日本全国や海外からも患者が訪れている。大阪肛門科診療所(旧大阪肛門病院)は明治45年創立の日本で2番目に古い肛門科専門施設でもあり日本大腸肛門病学会認定施設。初代院長の佐々木惟朝は同学会の設立者の一人である。
2017年10月には日本臨床内科医学会において教育講演を行うなど新しい便秘の概念を提唱。